この記事の構成
- このページ 祇園祭の歴史と意味、2022年最新情報、日程など
- 2ページ目 おすすめ日程・行事、山鉾鑑賞スポット、歴史
- 3ページ目 コロナ禍のようす
- 4ページ目 日程1:夏越の祓、神用水清祓式など
- 5ページ目 日程2:鉾建て、神輿洗いなど
- 6ページ目 日程3:前祭宵山
- 7ページ目 日程4:前祭巡行など
- 8ページ目 日程5:後祭宵山
- 9ページ目 お稚児さん解説、有料観覧席
- 10ページ目 神輿解説
- 11ページ目 前祭山鉾解説1
- 12ページ目 前祭山鉾解説2
- 13ページ目 後祭山鉾解説1
- 14ページ目 鉾・山などの区別、祇園祭関連施設
- 15ページ目 参考文献
このページのもくじはこの下にあります。
岩戸山の解説 授与品と御朱印
天照大神が再び現れた時に開かれた、天岩戸が題材になっています。
船鉾の解説 授与品と御朱印
応仁の乱以前からある二基の船形の鉾(という名称ですが、正確には屋台)の内の一基です。神功皇后が懐胎したまま出征し、凱旋した後、応神天皇を出産したとの説話に基づきます。鉾の上には磯良・住吉・鹿島の三神像が安置されています。御神体の神功皇后のお面は安産に霊験があるといわれ、歴代天皇の出産にさいし、宮中に運ばれたといわれます。直近では明治天皇御誕生の時です。
船首にいるトリさんは鷁(げき)といいます。中国の想像上の鳥で、風雨に耐えて飛ぶので水難よけのお守りとして飾られています。
これは三船祭の時の鷁首船(げきすせん)ですが、これも同じく鷁です。
オレ
後祭の大船鉾と合わせると、龍頭鷁首(りゅうとうげきす/りゅうとうげきす)になっています。管絃の遊びなどの時には龍頭と鷁首をつけた船が出されました。
三船祭でも鷁首船と龍頭船が出されます。
オレ
後ろの部分に舵があります。飛龍紋とよばれ、黒漆塗の螺鈿細工でできています。
基本的な構造(中心部)は鉾と一緒ですが、船の形に造形していくところが異なります。
神功皇后の説話に基づきます。鉾の上には磯良・住吉・鹿島の三神像が安置されています。
山伏山の解説 授与品と御朱印
「平成三十年七月」と書かれたものは書置きしかありません。
八坂の塔が傾いた際に法力により直した、浄蔵貴所(じょうぞうぎしょ)という山伏が御神体のためこの名で呼ばれます。
孟宗山の解説 授与品と御朱印
御神体の孟宗が母を養う孟宗がタケノコを掘り当てたすがたを現わしてることからこの名で呼ばれます。
太子山の解説 授与品と御朱印
聖徳太子が四天王寺を建立するに際し、山中に入り、良材をもとめた逸話に基づきこの名で呼ばれます。
郭巨山の解説 授与品と御朱印
童子を養えなくなった郭巨が地中から黄金を掘り当てた故事に基づきます。
保昌山の解説 授与品と御朱印
和泉式部の根付はすべて柄が異なります。また、お香が入っていますが、一年後でもまだいい香りがします。
おすすめどすえ。
一番上の写真で、保昌山の上におさむらいさんのような人が乗っていますが、この人は藤原保昌(平井保昌)という人です。藤原道長に仕えていた武士で、道長のすすめで和泉式部と結婚しました。手に持っているのは梅の花です。なんで梅の花をもっているかともうしますと、和泉式部にとって来るように頼まれたからです。
この梅が咲いていたのが御所の紫宸殿の前です。紫宸殿は御所の正殿で儀式などが行われるところです。現在では桜が植えてありますが、当時は梅が植えてありました。ちなみに平安時代の御所は現在の御所とは別の場所にあります。藤原保昌は夜中に御所に忍び込んで梅をとってきたわけです。
オレたちは愛のために命を懸けるぜ。
このことから、保昌山のおまもりなどの授与品には縁結びの効力があるとされ、大変な人気で、早いうちに入手しておかないと、なくなってしまいます。保昌山は下の地図を参照していただければおわかりかと思いますが、他の山鉾からすこし離れた(孤立した)ところにあり、四条通を中心に他の山鉾をみていると、時間がなくなりがちです。そこで、本ブログでは、保昌山にいの一番い行き、それから他の山鉾をみることを強くおすすめします。ただし、宵山対策の推奨ルートでは二番目にしてあります。2018年16日の午後4時頃のパトロール時にはまだ売り切れにはなっていませんでした。
尚、和泉式部が保昌と仲違いの後、復縁したのは貴船神社のおかげといわれています。
恋愛運に関しましては、八坂さんもご利益がありますので、この機会に、併せて参拝すると良いでしょう。私見ですが、八坂さん、上賀茂神社、貴船神社の三つ巴が最強かと思います。
丹後守平井保昌が和泉式部のために紫宸殿の紅梅を持ってくる姿を現わします。縁結びのお守りが授与されますが、早めに行かないとなくなります。
油天神山の解説 授与品と御朱印
油小路にあった天神を勧進したことからこの名で呼ばれます。
四条傘鉾の解説 授与品と御朱印
応仁の乱以前に起源を持つ、鉾の古い形態を持ちます。
蟷螂山(とうろうやま)の解説 授与品と御朱印
南北朝時代に、足利軍に挑み戦士した四条隆資(しじょうたかすけ)の戦いぶりが中国の故事「蟷螂の斧」を彷彿させたことにちなみます。御所車の上のカマキリは模型ではなく、実際に動きます。動くカマキリのおみくじがあります。2018年7月14日の時点で既に手ぬぐいやTシャツの一部が売り切れています。御朱印はもう一種類あります。二つ捺印して頂けます。
伯牙山(はくがやま)の解説 授与品と御朱印
中国の琴の名人、伯牙が友人の死の知らせを聞いて琴の弦を絶ったという故事に基づきこの名で呼ばれます。
木賊山(とくさやま)の解説 授与品と御朱印
謡曲「木賊」に基づきます。我が子をさらわれた、呆然と木賊を刈る翁が御神体になっています。
霰天神山の解説 授与品と御朱印
永正年間に京都が大火に見舞われた時に、霰と一緒に降ってきた天神像が祀られています。
白楽天山の解説 授与品と御朱印
唐の詩人白楽天が道林禅師に仏法の大意を問う様子を表わしています。
芦刈山の解説 授与品と御朱印
謡曲「芦刈」に基づきます。訳あって離れて暮らす老翁が妻と再会を果たす、夫婦和合の姿が現されています。
占出山の解説 授与品と御朱印
神功皇后が鮎を釣って戦勝の兆にしたという説話に基づきます。
綾傘鉾の解説 授与品と御朱印
四条傘鉾と同じく、山鉾の古い形態を表わします。御朱印は写真のものとは異なります。大原大神宮のものもあります。
布袋山 (休み山)
天明の大火で写真の布袋尊と二童子像をのこして焼失してしまいました。御朱印やちまきなどの授与があります。