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祇園祭2019/令和元年:久世駒形稚児と綾戸國中神社詳細解説

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久世駒形稚児とは?

久世駒形稚児/Kuzekomagatachigo

久世駒形稚児とは、現代の祇園祭の神幸祭・還幸祭に於いて、騎乗し素戔嗚尊が滞輦なさる中御座を率いるお稚児さんのことです。胸に、幣束で包まれた、馬の頭を下げています。これは南区にある綾戸國中神社の御神体です。この御神体が素戔嗚尊の荒御魂(あらみたま)を表します。この御神体を身につけていることで、久世駒形稚児は素盞嗚尊の荒御魂、すなわち神そのものと見做されます。故に何人も下馬・下車を要求される神社の境内に乗馬したまま入ってきます。

 いちきしま ひめ
 いちきしま ひめ

天皇陛下でも馬に乗ったまま八坂神社には入れませんよ~

この荒魂と八坂神社の御祭神たる素戔嗚尊の和魂(にぎみたま)が合一することにより、「一体にして二神、二神にして一体で神秘の極み」とされます。荒御魂(あらみたま)とは神様の荒々しい側面を表し、新たな生誕を導く力を内包します。他方、八坂神社に祀られるのは素盞嗚尊の和魂(にぎみたま)です。和魂とは神様の柔和な側面を表します。

久世駒形稚児が到着しなければ、神輿を動かすことができず、神輿を渡御できないとされます。そうすると、祇園祭の本質が全うできないこととなり、市中、ひいては日本中が病気や災害に見舞われ大変なことになります。お稚児さんと言えば、長刀鉾の生稚児が有名ですが、祇園祭の本質を鑑みると、久世駒形稚児の方がはるかに重要になります。(もちろん生稚児も歴史的観点から重要です。)

神幸祭当日には、綾戸國中神社から八坂神社に参じます。昔は馬に乗ってきましたが、現在では原了郭(八坂神社の参道にあります。)で装束を整え、御神体の駒形を祀り、祈祷をします。その後、二人のお稚児さんの内、若年のお稚児さん(と申しますか、神様)が神幸祭に奉仕すべく、八坂神社に向かいます。

原了郭で祈祷をするようになったのは、300年ほど前とのことです。久世駒形稚児は少なくとも江戸時代くらいまでははっきりしていますが、これも証左の一つと言えます。

それ以前ははっきりしないのですが、『八坂神社文書』という文献には、駒頭というものがでてきます。これは少将井神輿(現在の東御座)に随行していた駒形稚児の駒頭のことです。これは12世紀半ばの年間の儀式などの詳細を記した『年中行事絵巻』の祇園会の描写の中にみることができます。現在の駒形稚児と同様に馬に乗って神輿に随行しています。この駒頭を取り仕切っていた人が、応仁の乱で困窮したため、質入れしてしまい、大騒ぎになったとあります。これが、現在の久世駒形稚児と同一のものなのか、争いがあるようで、これははっきりわかりません。これが同一のものであれば、久世駒形稚児(若しくはその原型)は平安時代から存在したこととなります。ただ、祇園社は駒頭がないと祭礼が行えないので、幕府に訴えていますので、その重要性は現在と同様であったと推認されます。

七里ヶ浜親方
七里ヶ浜親方

質物になったら、動かせねーべ?

久世駒形稚児久世駒形稚児

上記は八幡山保存会が所有する『祇園会後祭山鉾巡行図屏風』という屏風のレプリカ(会所で後祭期間中目にすることができます。)の写真ですが、少将井神輿の前に久世駒形稚児と推認されるお稚児さん(周囲の人に比べ明らかに体が小さい)が描かれています。

神輿の名称神輿の屋根の形旧御旅所江戸時代まで明治時代以降
中御座

六角形大政所御旅所牛頭天王素戔嗚尊
東御座四角形大政所御旅所沙羯羅竜王/八王子櫛稲田姫命
西御座八角形少将井御旅所頗梨采女八柱御子神

現在の東御座とは神輿の形が異なりますが、これは上記のような対応関係があるためです。赤い布にくるまれたものは勅版でしょうか。

尚、祇園祭の詳細は以下の総合ガイドをご参照ください。

祇園祭2019/令和元年総合ガイド【宇宙一詳しい】
2019年の祇園祭の総合ガイドです。歴史や由来、宵山・前祭・後祭・山鉾巡行・神輿渡御などの行事の日程、生稚児や久世駒形稚児、各山鉾や御朱印などのみどころ、屋台や歩行者天国や交通規制などのおすすめ情報です。
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久世駒形稚児を拝見する機会

久世駒形稚児社参 7月13日

久世駒形稚児社参

南区にある、綾戸國中神社から、八坂神社に参拝します。この時点ではまだ御神体を身に着けていませんので、地面を歩いています。

14:00~ 於 八坂神社

神幸祭 7月17日

八坂神社

久世駒形稚児久世駒形稚児/Kuzekomagatachigo

八坂神社を出発した三基の神輿は氏子地区をそれぞれ別々のルートで回りながら、四条寺町の御旅所に向かいます。この時、中御座を先導します。

午後4時~5時頃

神輿渡御 7月17日

中御座は午後6時くらいに八坂神社を出発し、おおむね午後9時くらいに御旅所に到着します。

御旅所

祇園祭神幸祭/GIon matsuri: Mikoshi arrives at Otabisho

ビデオの最初に出てくる細長いものが御勅版です。神輿の先を行く神宝行列に含まれます。ビデオには写っていませんが、御旅所に存置されます。その次に久世駒形稚児、中御座と続きます。短くまとめましたが、実際にはもっと大勢の人が出てきます。

還幸祭 7月24日

四条御旅所

午後5時頃出発

大政所御旅所

久世駒形稚児2016

午後五時半ころ。かつての大政御旅所前に参拝します。尚、昨年はおそらくあまりの暑さのため、タクシーに乗っていました。

神泉苑

午後6時半ころ

又旅社

又旅社

今年は令和元年、祇園祭1150年を奉祝し、明治以前の態様を再現すべく、三基の神輿が又旅社に立ち寄り、ほぼ同時に出発するとのことです。

例年は午後8時過ぎ

八坂神社

久世駒形稚児還幸祭

例年午後10時ころ。今年は不明。

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綾戸國中神社

概説

綾戸國中神社綾戸國中神社

先ほど申し上げましたように、久世駒形稚児は南区にある綾戸國中神社というところからやってきます。現在では公園の中に神社があるような外観になっています。しかも、社地を新幹線の高架が通っていて、分断されています。社務所は神社から少し離れた薬局のところにあります。

この神社は元来は、綾戸社・國中社という二つの神社に分かれていました。國中社はかつては牛頭天皇社とよばれていましたが、この國中社が綾戸社の境内に移され、合祀され、綾戸國中神社とよばれるようになったとのことです。現在でも本殿前に「國中社」と「綾戸社」という額が掲げられています。

御祭神は素戔嗚尊です。降臨なさったときに、土地を切り開き、國の中心に「符」というものを与えたられたらとされます。この符というのが、自ら彫刻なさった愛馬の頭であり、これが御神体になっているといいます。

アクセス

市バスでも行くことができますが、本数が少ないので、電車で行くことをお勧めします。JR桂川駅の東口から徒歩約15分程度です。赤い宇宙人のところが神社の入り口です。社務所はスギウラ薬局という薬局の横にあります。

綾戸國中神社基本情報

  • Phone: 075-921-3388
    FAX: 075-934-8495
  • Website 綾戸國中神社公式
  • 拝観料: 無料
  • 社務所開所時間: 月〜金: 9:00〜17:00 土・日・祝: 10:00〜16:00
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