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龍安寺石庭のみどころ・謎を宇宙一簡単に解説【京都】

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龍安寺の石庭のみどろこと謎

 龍安寺石庭の意味

東寺の桜 2018

世界で最も有名な日本の庭園といえば龍安寺の石庭です。砂と石で水や山を表現する枯山水庭園とよばれる庭園です。この庭園が何を意味しているかについては諸説ありますので、代表的なものをご紹介します。

虎の子渡しの庭

これが一番有名です。宗の時代の故事に基づくものです。虎が子を産むと、3頭のうち1頭は彪(ひょう)で、母親がいないと他の子をたべてしまいます。この状況のなか、母虎が子を川の対岸に連れて行くという故事です。言葉で説明すると分かりにくいので、絵を用いて説明します。

虎の子渡し1

大きい虎が母虎、フォークを持っているのが彪、のこりの頭が子虎です。これかた対岸に向かいます。母虎は一度に1頭の子しか対岸に運べません。

虎の子渡し

母虎は彪を連れて対岸に行きます。

その後、元の岸に戻ります。

虎の子渡し

その後、1頭の虎を連れてきます。このまま元の岸に戻ると、子虎は食べられてしまいます。

虎の子渡し

そこで、母虎は彪を連れて帰ります。

虎の子渡し

今度は、彪を残し、もう一頭の子虎を対岸に連れて行きます。

虎の子渡し

子虎を残し、母虎は彪を迎えに元の岸にもどります。

虎の子渡し

最後に彪を連れて、対岸に行きます。これで全員が対岸にわたれました。

以上のような動作から、「虎の子渡し」とは生計をやりくりする、とか、ものごとを順次手渡すこと、といった意味が生まれます。これが通説的見解で、龍安寺でもこの説が説明されています。

15

a miniature of the rock garden

石庭には全部で15個の石が配置されています。15という数字は、月が15日で満ちることから、東洋では完全を意味します。龍安寺石庭ではこのうち14個しか見えないので、完全の中の不完全を意味してるというものです。(ただし、実際には立てば15個全てみえます。どこから見れば良いのかはこのサイトのどこかに書いてあります。無粋ですのでここでは申し上げません。ヒントは左の石の塊を見ながら離れていくことです。)

「心」

龍安寺石庭の意味

漢字の「心」という字を表しているという説です。禅では言葉を介さずに経験を通じ理解/体感するということを表しているとする説です。

その他

他にも七五三の庭、禅の五山を象徴しているなど、様々な説があります。

15個の石をすべてみることはできない?

龍安寺の石庭には合計15個の石があり、事物の不完全さを表わすべく、すべてを同時に見ることはできないように設計されている、と言われます。実際には座った状態ではすべての石をみることはできませんが、立った状態なら可能です。

時に石庭はどこから見るのが正しいのでしょうか。上の図は典型的な禅寺の方丈の間取り図です。黒い部分が部屋、Gardenが庭です。龍安寺ですと、右の方から入ってきて、1、2、3の前にある広縁とよばれる廊下のようなところで見ることになります。方丈庭園というのは、3の「檀那の間」とよばれる部屋から見ることを前提に作られています。この部屋は檀家の方(がいないとやっていけない)を通すところだからです。龍安寺では部屋の中には入れませんので、どのように見えるかはわかりません。おそらく檀那の間からみれば、すべての石はみえないと思われます。ただし、3の部屋の前に立つと、15個すべての石を見ることが出来る場所があります。

龍安寺石庭の土塀の謎

龍安寺の塀

龍安寺の石庭の土塀ですが、これには菜種油が混ぜてあります。これにより、照り返しを防いでいる、強度を得ていると言われています。そして、ご覧のように、油が染み出してきて、侘び寂びを感じさせる容貌になっています。また、先述しましたように、壁を挟んで、庭園側が高くなっているのですが、これも強度を得るためとも言われています。

the rock garden of Ryoanji

次に壁の高低に工夫がなされています。石庭自体は実は水平ではなく、上の写真の奥から手前に向かって少しずつ低くなっていますが、これは、排水のためです。(写真の矢印とは逆の方向に向かって雨水などが流れていく仕組みです。)これに対し、壁もまた、水平ではなく、写真手前の方が奥に比べて少しずつ高くなっています。これはおそらく、庭が傾いて見えないようにするためかと思われます。同時に遠近法を用いて奥行きを出しているといわれます。ただし、ルネサンス期に確立された技法としての遠近法が伝播したのではなく、広く見せるための作庭技術があったのかもしれません。

壁自体は一見しただけではわかりにくいのですが、かなりの高さがあります。今、手元に、Le Japopon d’André Malrauxという本がございます。このアンドレさん(フランスの作家)が石庭の壁の辺りを歩いている写真があります。この人が清水の舞台の端でたたずんでいる写真から推認すると、身長は高くても180センチくらいです。他方、石庭は、上の写真の右端のあたりで、この人の身長プラス頭三つ分くらいの高さがあります。角のところでも身長よりも高いので恐らく2メートルくらいあると思われます。

龍安寺石庭の歴史と作られた時期の謎

龍安寺の歴史は15世紀まで遡ります。1450年、応仁の乱で東軍を率いた細川勝元が徳大寺実能から譲り受けた山荘がその始まりと伝えられます。勝元はその山荘を居所とし、妙心寺から義天玄承を開山として、龍安寺を建立しました。その後、1499年に応仁の乱により消失し、勝元の子、政元が再興しましたが、1797年の火災で大半を焼失します。火災は大きなものを計3回経験しています。

その後、明治時代になり、神仏分離令が発布されます。これに伴い廃仏棄釈が起こり、龍安寺もこれにより破壊され、衰退の一途を辿ります。

1975年、イギリスのエリザベス女王が石庭を絶賛したのを皮切りに一挙に有名になります。1944年にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。

上の写真をご覧ください。これは実際に龍安寺に展示されているものです。これによると、石庭の原型は細川勝元の時代に作られたとあります。奇妙な岩があり石清水八幡宮を遥拝するために木が植えられていないとの記載があります。この写真は江戸時代の旅行ガイドブック、『都林泉名勝図絵』(1799年刊)という本の写しです。

先ほど申し上げましたように、龍安寺は応仁の乱、とその後の火事に見舞われています。他の寺社仏閣も応仁の乱による被害を受けていますが、龍安寺の場合、さらに、火災で境内の主だった施設が焼失しています。これにより、おそらく、寺史のような主要な資料が焼失しているものと推認されます。故に色々な説があります。ある資料によると、石庭はもともと屋根付きの橋がかかっていて、その上から眺めるようになっていたとも言われます。『都名所図会』(1780年刊)では、石庭には橋が架かっています。また、現在の石庭は裏側からみると、塀の高さが違う(石庭側からみるよりも塀が高く見える。)のですが、これは石庭が火災で燃えたもの(debrisとしか書いてありませんでした。炭化した柱や大きめの木材などでしょうか?)の上に庭園を造ったからともいわれます。

このように龍安寺に関しては、はっきりしないところが多いのが現状です。

誰が龍安寺石庭を造ったのか?

これもはっきりしません。細川勝元が作庭した、相阿彌が作庭したなど、いずれも推測の域をでないようです。(先述のように資料の欠缺によるものと思われます。)石のうちの一つに”小太郎・口二郎 “との字が彫られているそうですが、やはりこの2名が作者であるとの確証は得られていないようです。(方丈側からは見えません)

龍安寺石庭概観

a miniature of the rock garden

今一度、龍安寺石庭を概観してみましょう。

the rock garden of Ryoanji

龍安寺石庭の大きさは、約25×10メートルです。この中に、15個の石が5の塊に分けられて配置されています。

 

the rock garden of Ryoanji

それぞれの塊は苔の島に乗っています。

the rock garden of Ryoanji

島の周りには白砂が敷き詰められています。

the rock garden of Ryoanji

一番の特徴は、庭自体には植物は苔を除いてはなく、季節を通して同じ庭が存在するようになっています。もちろん、桜や紅葉をみることができますが、これらは全て庭の外側にあります。

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龍安寺の石庭以外のみどころ

つくばい

吾唯足知

方丈を挟んで、龍安寺石庭の反対側にあります。つくばいとは、茶室の入り口に手を洗うために置かれます。つくばう(しゃがむ)という言葉から来ています。実はこれはレプリカで、本物は龍安寺の中にある、蔵六庵という茶室にあります。残念ながら非公開で、中に入ることはできません。このつくばいは徳川光圀(水戸黄門)の寄進によるものと伝えられています。

このつくばいには中心に四角い穴があいていて、古銭のように見えます。実はこの四角い穴は漢字の部首の「口」になっていて、それぞれ上から

吾唯知足

“吾”

吾唯知足

“唯”

吾唯知足

“足”

吾唯知足

“知”と読むことができます。

龍安寺の解説板

全部合わせると、”吾唯知足”となります。これは、上の写真にあるように、「知足の者は貧しくとも富めり、不知足のものは富めりと言えども、貧し」という意味ですがこれだけではソクラテスの言葉と同じ意味だと誤解されそうなので、少し解説します。

この言葉は『仏遺教経』(お釈迦様の最後の説法を集めたもの)にある言葉で、簡単にもうしますと、人生の苦悩から逃れるには、足ることを知る必要がある。これを知っている人は、地上にいても安楽である、(知らない人は逆)という意味です。

侘助椿

侘助椿@龍安寺

つくばいのすぐ先にある日本最古の侘助椿です。名前の由来は文禄・慶長の役のとき、侘助という人が持ち帰ったからとか、侘数奇に由来するなど、諸説あります。豊臣秀吉が気にいっていたそうです。

庫裡

kuri in ryoanji

庫裡とは僧侶が生活する場所のことです。ここが入り口になっていて、石庭がある方丈に通じています。

龍安寺の庫裡

入ってすぐのところにカリグラフィーがあります。

飲酒十二首

これは陶淵明の「飲酒二十首」其五という詩ですが、後半部分、菊を採ったり、山を見たらいい塩梅だったり、鳥が家に帰っていくのを見て、「真意」がそこにある、という意味の詩です。

 鏡容池

龍安寺の紅葉2016桜と鏡容池

先述しました、『都名所図絵』によれば、龍安寺は石庭よりも、この鏡容池とそこに住んでいるオシドリの方が有名でした。

鏡容池のアヒルさん

現在では、仲睦まじいアヒルさんがいます。いつ行っても二羽で仲良くなにかしています。この日は昼寝?でしょうか。

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龍安寺の四季

the rock garden of Ryoanji東寺の桜 2018

the rock garden of Ryoanjithe rock garden of Ryoanji

春には庭園の向こう側に桜が咲きます。紅枝垂と染井吉野が咲きますが、同時に咲いているのはほんのわずかな間だけです。

RyoanjiRyoanji

散り始めの頃、青紅葉に花びらが舞う様がとても儚い感じです。

Ryoanji龍安寺の石楠花

龍安寺の木瓜龍安寺の木瓜

桜の他にも石楠花と木瓜がおすすめです。

夏の龍安寺石庭夏の龍安寺石庭

夏の龍安寺石庭

夏は空の色、日光の色合いが綺麗です、木々が緑一色に染まります。

the rock garden of Ryoanjithe rock garden of Ryoanji

the rock garden of Ryoanji龍安寺石庭の紅葉

ご覧いただければお分かりかとおもいますが、様々な色を楽しむことができます。おすすめの場所の一つです。

Ryoanji in autumnRyoanji in autumn

これは方丈の裏側(つくばいがある側)ですが、ここも見事です。

The rock garden in snowThe rock garden in snow

The rock garden in snowThe rock garden in snow

雪が降ると、白砂の上に雪がうっすらと積もって普段とは異なる表情を見せます。撮影中、日が差して来ましたが、この時点でもまだ雪は降っていました。奇跡のような光景でした。京都市内で雪が降るのは年に1日か2日ですが、機会があればぜひご覧になっていただきたいと思います。

龍安寺 四季のビデオ

四季の様子をスライドショーにまとめましたので、よろしければご覧ください。

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龍安寺の基本情報

基本情報

名称:大雲山 龍安寺

住所:〒616-8001 京都府京都市右京区龍安寺御陵ノ下町13

電話:075-463-2216

FAX:075-463-2218

公式ホームページ 龍安寺ホームページ

拝観時間

3月~11月 8:00~17:00

12月~2月  8:00~16:30

拝観料

大人 500 円 15歳以下 300 円

所要時間

1時間〜(石庭のほか、鏡容池周辺を含む)

パンフレット

brochure of Ryoanjibrochure of Ryoanji

 色は二色ありますが、記載内容は同じです。

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龍安寺へのアクセス

JR 京都駅から

市営地下鉄の京都駅へゆき、2番ホームから国際会館行きに乗ります。

今出川駅で降ります。

3番出口 から地上に出て、 烏丸今出川バス停から59系統に乗ります。

 龍安寺前バス停で下車します。

京阪祇園四条駅/阪急河原町駅から

四条河原町バス停から59番系統にのります。

龍安寺前バス停 で下車します。

 

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