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清水寺総合ガイド:歴史、紅葉、桜などのみどころ

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清水寺の歴史

清水寺とは北法相宗(きたほっそうしゅう)の総本山です(元来は法相宗)。ご本尊は十一千手面観音像を祀っています。

清水寺の発祥は8世紀にまで遡ります。778年、興福寺の賢心という僧侶が、夢のお告げで音羽山に行くように言われました。丁度、現在の清水寺の地に至ったとき、黄金の水流を発見し、それをたどっていったところ、音羽の滝で行叡居士という僧侶に会いました。この僧侶は観音の化身であり、「後を頼む」旨言い残して去っていきました。この時、行叡居士が残していった霊木に観音像を刻み、行叡居士の旧庵に祀ったのがはじまりと言われます。その後、坂上田村麻呂が妻の病気を治すため、鹿に生き血を求めて、東山に入ったところ、殺生を延鎮という僧に咎められ、自宅、若しくは長岡京の紫宸殿を本殿として寄進し、十一面千手観世音菩薩を祀り、現在の清水寺の基礎を作ります。その後、嵯峨天皇の勅許により公認寺院となります。

その後、興福寺と延暦寺の抗争や応仁の乱により、度々焼失します。現在の本堂は17世紀に火災で焼失した後、3代将軍、徳川家光が寄進したものです。

20世紀になると、それまでは興福寺の末寺で南都六宗の法相宗に属していましたが、独立して、北法相宗の寺院となります。1995年には古都京都の文化財の一つとして、世界遺産に登録されました。

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清水寺のみどころ1 本堂・舞台

本堂 (国宝)

清水寺改修工事

清水寺の桜2018清水寺工事

清水寺は、現在、「平成の大改修/修理」と呼ばれる、総額40億円をかけた工事の最中です。前回は昭和42年に行われました。今回は約40年ぶりに、2008年から始まり、現在はほ本堂の屋根の葺き替え工事に入っています。屋根の葺き替えの終了予定は2020年3月の予定です。これまで、後ほどご紹介します、西門、奥之院、阿弥陀堂などの工事が行われ、現在は本堂と釈迦堂を残すのみとなりました。

本堂の屋根の葺き替え

現在、本堂は「素屋根」と呼ばれる、櫓に覆われています。

清水寺の桧皮葺の屋根

本堂の屋根は檜皮葺という工法で作られています。多くの寺社仏閣は檜皮葺の屋根を持ちます。写真は馬駐(うまとどめ。仁王門の手前にあります。)にある檜皮葺の模型です。ヒノキの樹皮を何重にも重ね、竹の釘で束ねてあります。よく、釘は使わないといわれますが、屋根自体は20センチくらいの鉄の釘で固定されています。今回の改修では、創建当時の厚さ、約16センチほどに戻すそうです。檜の樹皮は木の表面を剥ぐので、檜が死んでしまうことはありません。よく、檜皮葺の屋根に苔などが生えているのを目にしますが、傷んでいるのではなく、苔のおかげで却って強固になっています。

清水寺の本堂は実際にはご本尊の十一面千手観世音菩薩像などが安置される正堂と我々が参拝するときに入る礼堂という二つの建物からなり、礼堂に舞台がくっついています。厳密には正堂が崖の淵に建っていて、崖からせり出した部分に、礼堂と舞台があります。これらの3つの上に一つの屋根が覆っています。ゆえに、屋根の面積は約2000平米と大変な広さになっています。

清水寺の改修工事と2019年8月現在の様子
2019年現在、清水寺は2020年に終了予定の「平成の大改修」の佳境、本堂の檜皮葺屋根の葺き替え工事の最中です。檜皮葺の工法、舞台にはいれるかなど、宇宙一詳細かつ簡潔にご紹介します。

清水の舞台

舞台の構造

夕暮れの清水寺本堂

素屋根がない状態ですとこうなります。先ほど申し上げましたように、正堂は崖の淵にあり、礼堂と舞台は崖からせり出しています。この構造は「崖造り」とか「懸造り」と呼ばれ、舞台は18本の樹齢400年の楓の柱により支えられています。

清水寺工事中

この舞台を支える柱は「地獄組み」または、「組手」と呼ばれる工法で作られています。釘は一本も使われず、ほぞで連結されており、それぞれが互いに支えあい、強固な構造になっています。故に、約400年間、地震などにも耐えて、今日までその姿をとどめています。広さは約200平方米で約400枚の楓の板が使われています。高さは約130メートルで4階建ての建物に相当します。

2017 雪の京都 清水寺

この舞台は正堂に祀られている十一面千手観世音菩薩への雅楽や能などの奉納のために設けられたものですが、明治時代に京都府によって禁止されるまで、ここから多くの人が願掛けのため、飛び降りました。

無事に済めば、宿願が叶い、そうでない場合は極楽浄土に行けると考えられ、傘を片手に飛び降りていました。清水寺の塔頭寺院、成就院に残された文章によると、1694年~1864年の間に234件の飛び降りがあり、生存率は約85パーセントだったそうです。昔の絵で見ると、舞台の下は現在は地面ですた、当時は灌木があったようなので、それで恐らく助かったのではないかと思います。

この心願成就の飛び降りから、「清水の舞台から飛び降りる」という慣用句がうまれました。

2018年8月現在、舞台にいけるズラ?

清水寺紅葉工事中の清水の舞台

現在、と申しますか、工事開始以来、舞台に行くことはできます。ただし、上記の雪の日の写真のように全面は解放されていません。一部だけ行くことが出来ます。なお、工事前と同様に、錦雲渓(きんうんけい)の景色は変わりありません。

工事中の清水寺

工事前の姿が見られないのは残念ですが、工事中の姿が見られるのは現在だけです。人によっては次回目にするのは、来世かもしれません。ご覧のようになかなか迫力がございますので、即今当処ともうしますので、今を楽しみましょう

正堂

先ほど申し上げましたように、本堂のは正堂と礼堂に分かれています。さらに正堂は内々陣と内陣に分けられます。いずれも千日詣りなどの特別の機会でなければ入れません、

内々陣は御本尊の十一面千手観音菩薩像が厨子の中に安置されています。秘仏で33年に一階しか公開されません。前回の御開帳は2000年に行われましたので、次回は2033年になります。33という数字は、観世音菩薩が人々を救済するため、33の姿をして現れるという教えに基づきます。現在は礼堂から観音像を目にすることができますが、これはレプリカです。さらに、脇侍として毘沙門天像と地蔵菩薩像が同じく厨子の中に祀られています。

内陣は内々陣の外側にあります。法具などが置いてあります。ここも千日詣りなどの機会に垣間見ることが出来ます。

千日詣りは一回のお詣りで、千回お参りしたのと同じ功徳をえることができる参拝方法で、お盆の時期に行われます。

内々陣や千日詣りの様子は以下のリンクをご参照下さい。

歴史 | 音羽山 清水寺
京都府京都市。「清水の舞台」で知られる寺院。北法相宗の本山(一寺一宗)。縁起、年中行事、境内案内。

礼堂

清水寺礼堂内部

ここは普段、我々がお詣りするところです。

大黒天

清水寺の大黒様

礼堂には大黒天が安置されています。寺務所でぷにぷに素材の人形型お守りを授与して頂けます。350円と900円のものがあります。

鉄下駄と錫杖

清水寺弁慶鉄下駄

これは弁慶の下駄と錫杖(しゃくじょう)とよくいわれますが、実際は、14世紀に眼病を患った鍛冶屋が清水寺に祈願したところ、快方に向かったので、御礼に奉納したものと伝えられます。

錫杖は長い方が男性、短い方が女性用で、片手で持ち上げられれば、心願成就のご利益があります。

下駄は女性が触れた場合、一生お金に困らなくなりす。男性が振れた場合、パートナーの女性に一生頭が上がらなくなるそうです。

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