この記事の構成
- 1ページ目 概説、歴史、御本尊と御利益、御本殿、清水の舞台
- 2ページ目 馬駐(うまとどめ)、狛犬、仁王門、西門(さいもん)
- 3ページ目 虎の石灯篭、鐘楼、随求堂、景清爪形観音
- 4ページ目 三重塔、経堂、田村堂、轟門
- 5ページ目 朝倉堂、仏足石、鉄下駄と錫杖、弁慶の爪痕
- 6ページ目 地主神社、釈迦堂、阿弥陀堂、奥の院、子安の塔
- 7ページ目 四季の行事とアクセス
このページのもくじはこの下にあります。
馬駐 (重要文化財)
清水坂を上り切ったところ、石段左側にあります。かつては馬をつないでおくための建造物です。ここから先はいかなる身分の人も下馬しなければなりませんでした。応仁の乱以降に再建されたもので、寛永の大火を逃れた数少ない遺構の一つです。
馬の手綱をとめるための金具の向きがずれているものがあり(下を向いている)、清水寺七不思議の一つに数えられています。かつては隣に「車宿(くるまやどり)」と呼ばれる牛車を停める場所がありました。
狛犬
清水寺七不思議 1
鎮守社たる地主神社の狛犬で仁王門の前にいます。通常の狛犬は密教の影響で一般的には右側のものが口を開き世界の始まりを意味する”阿形(あぎょう)”、左側のものが口を閉じ世界の終わりを意味する”吽形(うんぎょう)”の態様で描かれますが、仁王門前の狛犬はいずれも口を開けています。
釈迦の教えを大声で広めているから、若しくは、「道中、坂道がしんどいからといって不平を漏らしてお参りするとご利益が半減するので、笑って参拝しなさい」と言っているからなど諸説ありますが、実際は密教以前の態様、もしくは中国から伝来した態様を示唆するものと解されます。
おなじものが車折神社にもあるよ。
元来は金銅製のものでしたが、阿弥陀如来像などと共にWWII で供出され、現在のものは二代目です。二度と供出されないように石で作られています。
東大寺南大門の裏にいる狛犬がモデルだ。
仁王門 (重要文化財)
清水寺の正門に当たります。室町時代時代の創建で、鎌倉時代の金剛力士像があります。応仁の乱により、17世紀に焼失、再建されました。近年では2003年に修理されました。
左右の緑色の格子の中にはその名の通り、京都市内で最大の仁王像(金剛力士像)が安置されています。格子越しで撮影がしにくいので、仁和寺の仁王像を参考までにご覧ください。
暖簾のようなものにはシカさんが描かれていますが、これは、田村麻呂公がシカさんを手厚く葬ったとことろ、清水寺創建に際し、仲間のシカさんたちが地面を踏み固めて基礎を作ったという逸話に由来します。
仁王門奥には鹿間塚と呼ばれるシカさんのお墓とされる山のようなものがあります。(実際は古墳か何か)
清水寺七不思議 2
仁王門には向かって右側の柱に写真のような出っ張り(腰貫)があります。これは「仁王門カンカン貫」と呼ばれ、清水寺七不思議の一つに数えられています。へこんでいるところに耳をつけて、反対側から指で叩いてみると、「カンカン」といういい音がします。
尚、西門から御所を見下ろすことになるために仁王門が現在の位置に作られ、目隠し門との名称が付されたとされているようですが、真実性は担保されていません。
I guess the era invented the story.
She means 察してくれ
西門 (重要文化財)
元来の創建は13世紀頃ですが、現在のものは寛永の大火の後に再建されたものです。持国天、増長天が奉祀されています。清水寺参詣曼荼羅などを見ると、かつては通行できたようですが、現在は立入禁止です。
青龍会の時、龍がここから降りてきます。
『観無量寿経』にある西の空に沈む太陽をみて極楽浄土を瞑想する日想観という修行の聖地とされています。
日没時はこのような塩梅になります。修行云々は抜きにしても、綺麗な景色です。この西門付近からは市内が一望でき、夕暮れ時の流れは格別です。
お寺の建物は極彩色で彩られているものが多いのですが、多くのお寺では色が褪せています。なかなか、塗りなおすのが大変なようです。清水寺では西門や後ほどご紹介します、奥の院など、一連の工事の過程で塗り替えられています。綺麗な状態で見ることが出来る場所は限られていますので、是非ご覧になられることをおすすめします。すぐ近くまではいけませんので、双眼鏡などをお持ちになった方がよろしいでしょう。
きてね
西門を正面に臨むといます。像ににていますが、獏という想像上の動物です。像の鼻、サイの目、虎の足、ウシのしっぽをもつといわれ、悪夢を食べると信じられています。厄を祓う縁起の良い動物として、神社やお寺に彫刻されています。