永観堂とは?
永観堂の歴史
永観堂とは正式な名称ではなく、正式名称は「聖衆来迎山無量寿院禅林寺(しゅうじゅうらいごうざんむりょうじゅいんぜんりんじ)」といいます。現在の永観堂のある場所は、もともとは藤原関雄という平安時代の文人・官僚の山荘があった場所です。ここに空海の弟子である、真紹僧都(しんじょうそうず)という僧侶がこの山荘を買取り、仏教寺院を建立したのが始まりです。このお寺が863年に清和天皇の勅許により定額寺に定められ、禅林寺となります。定額寺とは、大宝律令、平安時代には太政官符(一般国民に対しても拘束力がある通達のようなもの)でも禁止されてい私寺(しじ)を官寺に編入することで、私寺i.e. 違法状態にあるお寺を回避する手段です。この当時は真紹僧都が空海の弟子であったことからもわかるように、真言宗の道場でした。
その後、中興の祖、永観律師(お寺の名称は「えいかんどう」ですが、「ようかんりっし」と読みます。)の時代に念仏寺となります。永観律師は東大寺で三論集を学びますが、とりわけ阿弥陀/浄土信仰に念仏修行に励み、病人救済などの慈善事業をはじめることとなります。永観は東大寺別当(寺を統括する僧)に任ぜられるほどの高僧であり乍、出仕など表舞台にでることを好まず、念仏行に専念し、また前述の通り、慈善事業を行うなど人柄にも優れ、白河上皇も帰依するほどの人物でした。「永観堂」と呼ばれるのも永観律師にちなみます。
見返り阿弥陀像
もともとは聖武天皇の御本尊で、東大寺に安置されていましたが、永観律師の勧進の功績により、永観が京都に持って帰ることになりました。東大寺の僧が取り返そうとしましたが、阿弥陀像は永観律師の背中から離れようとしなかったため、僧たちは諦めて帰ったという逸話があります。
2月の早朝、永観律師が夜を徹して念仏修行をしていたところ、堂内に人の気配を感じると、目の前を御本尊の阿弥陀如来が歩いていました。阿弥陀如来は立ちどまり、振り向きざまに、「永観、遅し」と永観律師に言葉をかけられました。その時の様子を留めたのが阿弥陀堂内の阿弥陀如来立像です。現在は阿弥陀堂におわします。ライトアップ時には阿弥陀堂の拝観はできません。
アクセスの秘訣
心得
京都の観光地へのアクセスと申しますと、バスが代表的なものですが、秋の永観堂はアクセスが集中します。故に地下鉄蹴上駅から徒歩でいくのが肝要です。所要時間は約10~15分程度です。バスの利用はなるべく避けてください。
JR京都駅、京阪、阪急からのアクセス
地図
JR京都駅から
市営地下鉄烏丸線に乗り烏丸御池で東西線に乗り換え、蹴上(けあげ)駅で下車。徒歩約15分。
阪急から
烏丸駅で下車し、四条駅から市営地下鉄烏丸線に乗り烏丸御池で東西線に乗り換え、蹴上(けあげ)駅で下車。徒歩約15分。
京阪から
三条駅で下車し、三条京阪駅から市営地下鉄東西線に乗り、蹴上(けあげ)駅で下車。徒歩約15分。
バスでのアクセス
紅葉の時期のバスでの移動は推奨しませんが、参考までに近隣のバス停をご紹介します。
市バス5系統 南禅寺・永観堂道バス停より徒歩5分。
市バス32、93、100、102、203、204系統 東天王町バス停より徒歩10分。
注意 5、100、102系統は混雑するので避けた方が無難です。
令和元年/2019年は11月中の土休日・祝日、並びに12月1日は13時から19時台は南禅寺・永観堂道バス停に5系統は止まりません。
利用できない時は、バス停に黄色いカバーがかけてあるぜ
詳細は以下のリンクをご参照ください。
自家用車でのアクセス
秋の紅葉期間中、永観堂の駐車場に一般の車両は入れません。どうしても自家用車でおこしの方は、近隣の岡崎公園駐車場などに止めてください。
永観堂基本情報