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祇園祭2019/令和元年:神輿と神輿渡御の解説

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祇園祭の本質と神輿渡御

神泉苑
祇園祭のはじまりは貞観11年、西暦でいうと869年まで遡ります。当時の夏の京都は盆地で高温多湿であったこと、また現在と異なり上下水道が不備で両者が混同するなどの理由で、天然痘や赤痢、インフルエンザなどの疫病が流行していました。

当時は怨霊が疫病や災害を起こすと考えられていましたところ、上記の疫病などの流行は牛頭天王の祟りだということから、祇園社司卜部日良麻呂(うらべのひらろ)が神泉苑に当時の国の数である66本の矛を立て、その矛に悪霊を乗り移らせて、祇園社から三基の神輿を送り牛頭天王を祀り、疫病退散を願う「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」が行われました。

「御霊会」とは怨霊を御霊として祀ることです。これは強大な破壊力を持つ怨霊を祀ることにより、その破壊力を我々を護る力に転化せしめることが狙いです。

この御霊会は当初は疫病が発生した時など、不定期で行われていましたところ、天禄元年(970年)からは毎年開催されるようになりました。

御旅所

途中、神輿渡御が行われない時期もありましたが、今なお、神輿の役割に変更はありません。山鉾が市内を巡回し、悪霊を乗り移らせ、その後、神輿に乗った神様が市内(八坂神社は昔の京都の外にあります。)に入ってきます。そして、神輿の神様に悪霊を退治、若しくは別の場所につれいて行ってもらいます。(現在八坂神社がある場所は昔は洛外であることを想起してください。)

祇園祭と言えば、華やかな山鉾が取りざたされますが、本質は神輿渡御(神輿が市内に入り御旅所にとどまること)にあります。

たけちよ
たけちよ

祇園祭の歴史をさらに詳しく知りたい人は下のリンクを参照してね

祇園祭の歴史:祭・御霊会の意義と平安時代から令和までの変遷
祇園祭の歴史につき概観します。原型たる祇園御霊会と祭の意義、並びに平安時代から令和までの八坂神社と祇園祭の主要な変遷を完全網羅。

尚、祇園祭の詳細は以下の総合ガイドをご参照ください。

祇園祭2019/令和元年総合ガイド【宇宙一詳しい】
2019年の祇園祭の総合ガイドです。歴史や由来、宵山・前祭・後祭・山鉾巡行・神輿渡御などの行事の日程、生稚児や久世駒形稚児、各山鉾や御朱印などのみどころ、屋台や歩行者天国や交通規制などのおすすめ情報です。
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祇園祭の神輿(三基)

概説

重ねて申し上げますが、祇園祭で最も需要なのは、神輿渡御です。神輿渡御とは八坂神社から神様を乗せた神輿を四条寺町にある御旅所というところまで運び、神様を(むかしの)京都市中にお連れすることです。山鉾が集めた疫病の原因である悪霊を神様に別の場所に連れて行ってもらうことが祇園祭の趣旨になります。

現在では御旅所は四条寺町の一か所ですが、かつては、御旅所は二か所ありました。一つは大政所御旅所といい、大将軍/牛頭天王神輿(現在の中御座)、沙羯羅竜王/八王子神輿(西御座)が駐輦しました。もう一つは少将井御旅所といい、少将井/頗梨采女神輿(現在の東御座)が駐輦しました。

神輿の名称神輿の屋根の形旧御旅所江戸時代まで明治時代以降
中御座

六角形大政所御旅所牛頭天王素戔嗚尊
東御座四角形大政所御旅所沙羯羅竜王/八王子櫛稲田姫命
西御座八角形少将井御旅所頗梨采女八柱御子神

上記が神仏分離前後の御祭神と神輿の対応関係です。中御座は牛頭天王/素戔嗚尊と対応していますが、東御座と西御座では習合神と神輿の名称が入れ替わっています。ただし、屋根の形や上に乗っている鳳凰などの対応関係は絵により区々ですので、この点はご留意ください。

七里ヶ浜親方
七里ヶ浜親方

ここはこの記事の後半部分や久世駒形稚児の記事を理解するのに必要だから覚えといてくれ。


上の地図をご参照ください。青い宇宙人が大政所御旅所、紫の宇宙人が少将井御旅所があった場所の近くです。現在の京都新聞社の建物の壁に近くにあった旨の記載があります。実際に存在した場所も明示されてはいますが、一般のお宅の軒先なので、詳細はひかえます。

今年は祇園祭1150年奉祝行事の一つとして、又旅社(赤い吹き出しのところ)で三基の神輿が合流した後、なるべく時間差がないようにして八坂神社に向かうようにするそうです。これは平安~江戸期の古の様子を再現する試みです。

祇園祭2019後祭速報/A breaking report of Gion matsuri Atomatsuri

実際の様子をとり急ぎまとめましたのでご覧ください。6:10くらいから神輿が登場します。

平安時代から南北朝時代くらいまでは旧暦6月14日に行われた還幸祭が一番盛大でした。大政所御旅所、並びに少将井御旅所から出発した三基の神輿は、御供所(現在の又旅社付近)に入り、三基そろってお供えをした後、三条通を東に向かい、祇園社にかえりました。赤い宇宙人のところは「列見の辻」と呼ばれ、ここから三条沿いが一番の観覧スポットであり、天皇や貴族などがこぞって見物しました。三基の神輿が御供社に向かうのは今年限りであり、今年のみどころの一つと言えましょう。

七里ヶ浜親方
七里ヶ浜親方

見逃すなよ。

たけちよ
たけちよ

行くでしかし。

中御座

御祭神

素戔嗚尊の御霊をお乗せします。神仏習合の時代には牛頭天王をお乗せしていました。

素戔嗚尊は高天原を追われた後、八岐大蛇の生贄にされそうになっていた櫛稲田姫命と結婚します。このとき、日本で最初の和歌を詠まれました。所願成就、縁結びなどのご利益があります。

牛頭天王は天道神として、吉凶すべての方位を守る仏神です。所願成就の暦神です。

神輿のようす

祇園祭 2016 神輿渡御

三若神輿会(さんわかしんよかい)が担ぎますが、神輿洗の時は四若神輿会が担ぎます。輿丁は600名。

豊園泉正寺真榊久世駒形稚児/Kuzekomagatachigo

中御座のみ、豊園泉正寺真榊(ほうえんせんしょうじまさかき)と久世駒形稚児に先導され進みます。三基の神輿のうち、中御座のみが、祇園祭発祥の地、神泉苑に向かいます。

六角形をしていて、屋根の上には鳳凰が乗っています。西御座と外観がよくにていますが、最も簡単な見分け方は輿丁の法被です。中御座のものには「三若」と書いてあります。他方、西御座のものには、「錦」と書かれています。実際には西御座は八角形をしていますが、並べてみないと、よくわからないので、渡御時は法被でくべつされるのがよいかと思います。

祇園祭神輿

写真の真ん中が中御座、左が西御座、右が東御座となっています。中御座が六角柱、西御座が八角柱、東御座が四角柱になっているのをご確認ください。

七里ヶ浜親方
七里ヶ浜親方

中御座は西御座に比べて、六角柱だからシュッとしてんべ?

写真は御旅所の様子ですが、このとき、東御座は西に、西御座は東に置かれています。先ほど御旅所は四条寺町の一か所と申し上げましたが、実は、上の写真の左右に二か所あります。向かって右側の御旅所には現在の中御座と東御座(真ん中と右)の御神霊と勅板が祀られます。他方、向かって左側の御旅所には現在の西御座(左)の御神霊が祀られます。すなわち、東西が入れ替わっています。

神輿の名称神輿の屋根の形旧御旅所江戸時代まで明治時代以降
中御座

六角形大政所御旅所牛頭天王素戔嗚尊
東御座四角形大政所御旅所沙羯羅竜王/八王子櫛稲田姫命
西御座八角形少将井御旅所頗梨采女八柱御子神
七里ヶ浜親方
七里ヶ浜親方

ここでオレがさっき言ったことを思い出してみてくれ。

表をご覧いただければお分かりかと思いますが、右側が旧大政所御旅所、左側が旧少将井御旅所と対応しているのだとおもいます。

たけちよ
たけちよ

裏はまだ取れてません。

たぬき

東御座

御祭神

櫛稲田姫命の御霊をお乗せします。神仏習合の時代には牛頭天王の后神、頗梨采女(はりさいにょ)をお乗せしていました。

櫛稲田姫命は先ほど申し上げましたように、素戔嗚尊の后神に当たられます。豊穣や縁結びなどのご利益があります。

頗梨采女は歳徳神とよばれ、俗にいう恵方をつかさどります。容貌美麗とされますので、美しくなれますよ。

やぎももさん
やぎももさん

びゅーりほー

神輿の様子

東御座

四角柱で屋根の上には葱花(そうか。擬宝珠の別名)がのっています。四若神輿会(しわかしんよかい)が担ぎます。東若御座という子供神輿があります。輿丁は東御座450名、東若御座50名。

西御座

御祭神

八柱御子神の御霊をお乗せします。神仏習合の時代には牛頭天王と、頗梨采女の間に生まれた八人の皇子、八王子をお乗せしていました。

八柱の御子神とは素戔嗚尊と櫛稲田姫命間に生まれた、宇迦之御魂神(所謂お稲荷さんのこと)など八柱の神のことです。

八王子は八将軍ともよばれ、凶方をつかさどります。

神輿の様子

西御座

八角柱で、錦神輿会(にしきしんよかい)が担ぎます。錦天満宮にも参拝します。輿丁は600名。

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神輿をみる機会

概説

三基の神輿を見ることができるのは、7月10日から、28日までの神輿洗いの間です。組み立てた神輿は10日に神輿洗が行われ、28日に再び洗われた後、本殿からみて楼門の右の方にある蔵にしまわれます。以下、主なものを御紹介します。日程の詳細は以下のリンクを御参照ください。

祇園祭2019/令和元年の日程於京都:完全版
毎年7月に行われる、京都の祇園祭の2019年の日程、並びに詳細、歴史的背景などを踏まえて、宇宙一詳細かつ簡潔にご紹介申し上げます。

神用水清祓式 7月10日

神用水清祓式(しんようすいきよはらえしき)とは、17日の神輿渡御に備え、10日の夜に行われる、神輿洗式で用いる水を鴨川から汲み上げて、その水をお祓いする神事です。

神用水清祓式2016

神輿洗式 7月10日

19:00~  八坂神社を四条大橋にむけ出発

神輿洗式では三基の神輿を代表して、中御座が四条大橋上で清められます。

神輿洗式の松明

まずは、19時頃、先祓の松明が中御座が通る参道(八坂神社~四条大橋間)を清めます。この松明の全長は約5メートルで、種火は前年の12月28日に朮火として鑽りだされたものを使用します。

神輿洗式

先祓いの後はいよいよ中御座が出発します。写真は八坂神社の舞殿(ぶでん)の様子です。東、西御座は飾りがついています。

神輿洗式

中御座はご覧のように、神輿洗に備え、飾りがつけられていません。この状態を見ることが出来るのは神輿洗式の時だけです。ちなみに、中御座は巡行の時は、三若神輿会が担ぎますが、神輿洗式のときは巡行時に東御座を担ぐ四若神輿会が担ぎます。

2015年までは、四条大橋の上で観覧できたのですが、昨年からはできなくなりました。恐らく今年以降も無理かと思います。

ここで、午前中の神用水清祓式で汲み上げた御神水を用いて、中御座を清めます。この時の飛沫を浴びると厄除けになると言われています。

七里ヶ浜親方
七里ヶ浜親方

たぶん今年も橋の上からみることはできないと思うぜ。いろいろ世知辛いな。

宵宮祭 7月15日

舞殿に安置された三基の神輿に本殿より御神霊を移します。厳粛な行事で撮影などは一切できません。

神輿渡御 7月17日

祇園祭 神輿渡御祇園祭 神輿渡御

三基の神輿はそれぞれ、別のルートで八坂神社の氏子地区を回りながら、四条寺町の御旅所に向かいます。到着後は、三基の神輿に乗られた御霊は御旅所へと移され、そのまま24日まで市中にとどまります。ビデオは八坂神社を出発する西御座です。

祇園祭勅板

神幸祭(と還幸祭)に際し、神宝奉持列が神輿に先立ちすすんでいきます。上の写真をご覧いただきますと、橙色の細長い板のようなものをご確認いただけると思います。これは勅板(勅裁御板)といい、毎年大政所御旅所(後ほどご紹介しますが、現在の御旅所の前身のような場所)に神輿を渡御せよとの円融天皇の勅令が書かれた板です。

祇園祭神幸祭/GIon matsuri: Mikoshi arrives at Otabisho

概ね午後9時くらいに中御座が四条寺町の御旅所に到着します。ビデオでは中御座が到着する様子をご紹介します。勅板、久世駒形稚児が先行してく様子をご覧ください。

八坂神社御旅所

一昨年前までは、三基の神輿が御旅所に入るのは午前一時くらいでしたが、昨年は午前0時までには入りました。今年も同様になるかもしれません。

御旅所に八坂神社の御祭神が鎮座するあいだ、一言も発せずに夜ごとお詣りすると願いが叶うと言われています。24日は一晩で七回お参りします。

黒い線:中御座

青い線:東御座

オレンジの線:西御座

還幸祭 7月24日

還幸祭 神泉苑

御旅所に鎮座していた三基の神輿は御霊を乗せ、氏子地区を回りながら、再び八坂神社に戻ります。この時、中御座だけは、祇園祭発祥の地、神泉苑に向かい、仏事、神事の両方が行われます。

17:00ころ~  御旅所より順次出発


黒い線:中御座

青い線:東御座

オレンジの線:西御座

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神輿渡御関連施設

御旅所

現在の御旅所は四条寺町にありますが、元来は大政所御旅所と少将井御旅所という二つの御旅所がありましたが、豊臣秀吉公が京都の町割りを変更した際に現在の場所に統合されました。以下、それぞれ見ていきましょう。

大政所御旅所

大政所御旅所

かつては中御座と東御座が渡御しました。現在では還幸祭に際し、すべての神輿が立ち寄ります。秦助正という長者の夢に、八坂大神の御神託があり、家から祇園社まで蜘蛛の糸が引いているのを見、朝廷にその旨つたえたことにより、御旅所となりました。錦天満宮が所蔵している祇園会大政所絵図という絵によれば、ここで湯点神楽をしていたようです。

少将井御旅所

宗像神社

かつては車屋町通夷川上ルにあり、西御座が渡御しました。現在は御所の中にある、宗像神社にお社が移されています。

四条御旅所

八坂神社御旅所

現在の御旅所です。すべての神輿が渡御し、7月17日から24日までの間とどまります。

又旅社(御供社)

又旅社

かつてはそれぞれ別ルートをとっていた三基の神輿が邂逅した場所です。祭の列を点検したため、「列見の辻」とよばれました。現在では、7月23日にオハケ清祓式、24日には神輿を供える又旅社奉饌祭が行われます。

神泉苑

神泉苑神泉苑祭

かつては禁苑(天皇専用の庭)でしたが、現在は真言宗のお寺になっています。



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