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【2019祇園祭】山鉾解説1 長刀鉾の由来やみどころを知りたいズラ?

 お待たせいたしました。本日より7月まで、祇園祭の解説を中心に進めて参ります。今年は1月の終わり頃から少しずつ進めていく予定でしたが、志思うにまかせず、本日まで来てしまいましたこと、お詫び申し上げます。

 まずは祇園祭の総論から始めたいところですが、まだ5月ということもあり、今一つまだ実感がわかないので、ひとまず祇園祭で一番有名な長刀鉾の解説し、気分を盛り上げてから次回に予定しております総論に入って行きたいと思います。

 今回はまずは簡単に祇園祭と山鉾についてご紹介した後、長刀鉾についてご紹介したいと思います。

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長刀鉾(なぎなたぼこ)のみどころ

「長刀鉾」の名前の由来

三条宗近像

 「長刀鉾」名前は鉾頭という真木(しんぎ。屋根の上の木のこと)の上の部分についている大長刀に由来しています。この長刀は元来、三条宗近が娘の病気平癒のために鍛えた奉納したものがつけられていました。三条宗近は平安時代の刀工(上の写真です。この像は長刀鉾の後ろ側の軒下にあります。)で、三日月という刀は「天下五剣(簡単にもうしますと、日本の名刀五振)」の一つに数えられていいます。 

 この長刀、影だけで注連縄を切った、影を踏んだ人が怪我をしたなどの逸話を持つ名刀です。これを鎌倉幕府の和泉小次郎という御家人がもつに至ります。和泉小次郎とは、源頼家の遺児、千代丸を擁して北条時義時を倒し源氏の再興をはかろうとした人物です。この和泉小次郎が宗近作の長刀を持って以来、不思議なことが起るので、長刀を八坂神社に返納しました。この長刀には邪気を祓い疫病を退散させる力があると信じられていました。(後述しますが、これが祇園祭の趣旨です。)

 長刀鉾の長刀の下にはこの和泉小次郎の像があります。この像は天王像とよばれます。遠すぎて、私のレンズでは撮影できませんが、船を自在に操る人だったので、左肩に船を担ぎ、右手で長刀を持っています。

 さて、この宗近作の長刀ですが、大永2年(1522年)に三条長吉(さんじょうながよし)作のものと取り替え,さらに延宝3年(1675年)には和泉守来金道(いずみらいきんみち)作のものに替えられ、さらに天保8年(1837年)には重くて危ないので、錫箔を張った竹製のものに交換されました。

 この長刀ですが、御所と八坂神社に刃を向けないように、南側を向いています。

長刀鉾は「くじとらず」

 山鉾巡行の順番は一部の例外を除き、くじできめられます。長刀鉾はこの例外(長刀鉾を含め全部で9基)の一つで、「くじとらず」と呼ばれ、毎年山鉾巡行の先陣を切ります。

斎竹斎竹

 山鉾巡行時には、四条通を挟んで麩屋町通に斎竹が立てられます。この斎竹に注連縄が張られ、結界が作られます。

 長刀鉾の生稚児がこの注連縄を落とし、神域に進んでいきます。これは山鉾の巡行路を祓清めるために行われます。現在生稚児が乗っているのは長刀鉾だけです。両脇にいる顔を白く塗った子供さんは「禿(かむろ)」と呼ばれます。

振鉾

 これは正面の軒下にある舞人の人形です。『振鉾』という舞楽の演目の一つで、舞楽の上演に先立ち、舞台を清めるために舞われます。このように、長刀鉾には邪気を払う、清める、といった役割があります。

胴懸(タペストリー)

長刀鉾の胴懸長刀鉾の胴懸

 樹のような絵(1枚目の写真)と幾何学模様とトラ(2枚目の写真)をご覧ください。これがメトロポリタン美術館の専門家が「幻のタペストリー」と指摘したものです。絵の周囲にある模様のようなものがアラビア文字の「クーフィー体」と呼ばれる字体で、中心の絵は中国のもののようです。ヨーロッパではタペストリーは日用品なので、古くなってら捨てていたそうで、現存するものはすくないそうです。

星辰28宿

長刀鉾の星辰28宿

 星辰28宿とは昔の中国の天文学、占星術で用いられる概念です。これはご覧のように天井にあります。

金字極彩色図

長刀鉾の金字極彩色図長刀鉾の金字極彩色図

長刀鉾の金字極彩色図

 前方に丹頂鶴、後方にクジャク、両脇に群鳥図を配します。ともに江戸時代の日本画家、松村景文の作です。

長刀鉾の辻回し

 各山鉾の辻回し(交差路で山鉾の向きをかえること)は山鉾巡行のみどころの一つです。長刀鉾はあまり安定していないので、何回かに分けて少しずつ方向を変えていきます。

 車輪の下に竹を敷いて、その上を車輪を滑らせて方向転換します。この日は雨ですが、晴れていれば、竹の上に水を掛けます。

長刀鉾の動かし方

 動かし始めるときは、長い棒をてこにして、動かし始まます。櫂のようなもので、方向を修正します。

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長刀鉾の位置

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長刀鉾の授与品

長刀鉾の授与品

 ご利益は厄除け・疫病除けです。写真は2016年のものです。一番の人気は粽です。恐らく、市内の軒先で一番多く目にする粽です。他の授与品も含め、早々と売り切れていまいますので、入用の方はお早めに。

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長刀鉾のご朱印

長刀鉾の御朱印

 

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祇園祭とは?

 まずは祇園祭の起源について大雑把にご紹介します。

 祇園祭の歴史は貞観11年、西暦でいうと869年まで遡ります。当時の夏の京都では疫病が流行していました。そこで、当時、疫病の原因であると考えられていた怨霊を御霊として祭る「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」という儀式が行われました。これが現在の祇園祭の起源です。

 このように、疫病退散が祇園祭の趣旨になります。この趣旨を全うするため、現在では、八坂神社の御祭神である、素戔嗚尊(すさのおのみこと)、櫛稲田姫命(くしなだひめ)、八柱御子神(やはしらのみこがみ)の三柱を神輿に載せてかつての洛中にお連れし、しばらく滞在して頂き、再び八坂神社にお帰り頂くことになっています。

 神輿を八坂神社から洛中にある御旅所までお連れする行事を神幸祭、逆に御旅所から八坂神社にお連れする行事を還幸祭といい(厳密には違いますが、ここでは便宜上そう考えて下さい。)、これらが祇園祭のなかで最も重要な行事になります。

 山鉾が市内を練り歩く山鉾巡行は、簡単に申しますと、三柱の御祭神が洛中ー八坂神社間を移動する際に楽しんでいただくために行われます。故に山鉾巡行と神幸祭、還幸祭は同日に行われます。詳細は祇園祭総論をご覧ください。

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山鉾の区別

鉾 6基

鶏鉾

これは鶏鉾です。典型的な鉾です。櫓(胴体のこと)に真木(しんぎ)があり、その上に鉾頭がついています。屋根があり、車輪がついていて、人が引いています。真木の有無により、(形が似ている)曳山(ひきやま)と区別されます。

傘鉾 2基

四条傘鉾綾傘鉾

 四条傘鉾(一基だけの写真)と綾傘鉾(二基の写真)の二つしかありません。山鉾の原型と言われています。

山 

曳山(ひきやま)3基

北観音山

 これは北観音山です。(人が引いています。鉾とほとんど同じ形ですが、屋根の上に立っているのは真木ではなく「真松」です。曳山と鉾はここで区別します。曳山は北観音山、南観音山、そして岩戸山の3基しかありません。

舁山(かきやま)17基

黒主山

 こちらは黒主山です。人が担いでいます。輿が大きくなったようなものの上に御神体が乗っています。鉾の真木と異なり、山なので真松が乗っていますが、太子山のみ真杉が乗っています。

屋台 5基

大船鉾

 山胴に真木、若しくは真松がありません。船鉾、蟷螂山、大船鉾、橋弁慶山、浄妙山のみです。

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予告編

 今回の長刀鉾はいかがでしたでしょうか。次回は気分も盛り上がってきたところで、祇園祭総論をお届けする予定です。文字数で申しますと、15,000~20,000字程度になり(本投稿で約2,500字です。)、すこし時間がかかるかと思いますが、皆様に喜んでいただけるような投稿を心がけて丁寧に進めて参りますので、今しばらく、お時間を頂戴したく存じます。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。

 

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