Overview
- 紀元祭とは、上賀茂神社で紀元節を祝う行事である。
- 紀元節とは我が国の建国を祝うものである。
- 上賀茂神社では我が国の安泰を祈願する神事とともに、蹴鞠や空手の奉納が行われる。
- 本文中の日程や時間は昨年のものであり、令和5年/2023年は開催予定である。必ず、上賀茂神社公式ホームページで確認のこと。
奉祝皇紀2684
2023年2月11日の橿原神宮の紀元祭の様子です。
紀元祭(紀元節)とは?
紀元節とは、我が国の初代天皇、神武天皇が即位した日であり、現在では建国記念日となっています。
日本神話では、神武天皇が橿原宮で即位したのが660年とされています。そこで、我が国固有の紀元、皇紀では、2023年は皇紀2683年となります。全国各地で紀元節を祝う行事が行われますが、本記事では上賀茂神社の紀元祭をご紹介します。
紀元祭の詳細は以下のリンクをご参照ください。
上賀茂神社の紀元祭
概要
紀元祭では皇室・国民の安泰・平和が祈願されます。また、当日は蹴鞠、空手など武道の奉納が行われます。
国歌斉唱
午前10時前、社務所前に蹴鞠を奉納する人が集まります。
その後、二の鳥居(神馬舎の前の鳥居)に向かいます。
二の鳥居前で整列し、参拝者も含めて全員で国家を斉唱します。
その後、鳥居をくぐり、境内に進みます。
境内には土屋(つちのや)という建物があります。ここは、様々な行事の折に身を清める場所です。葵祭の前に行われる斎王代御禊の儀もここで行われます。
神職の方々はここで潔斎したのち、本殿に向かいます。
この後、本殿にて紀元祭が催行されますが、残念ながら写真撮影はできません。ですので、代わりに他の写真を使って説明いたします。「第42回式年遷宮」と書かれた幕がみえますでしょうか。ここは中門といいます。お正月などの特別の機会を除き、ここから先には入れません。この先に本殿があります。
これは本殿の模型です。この本殿の前に廊下のようなところがあり、ここで神事が行われます。冒頭で申し上げましたように、皇室・国民の安泰・平和が祈願されます。ご覧になりたい方は、中門のところから他の参拝者の方の妨げにならない限り、垣間見ることができます。
空手奉納 午前10時頃~
国家斉唱後、おおむね10時くらいから始まるはずです。(私はいつも本殿の紀元祭をみているので、正確な時間はわかりません。)小学生から大人まで、型をみせてくれたり、板を割るところを披露してくれます。
蹴鞠奉納 11時頃~
蹴鞠は5世紀頃に中国から我が国にもたらされました。中大兄皇子が鞠を蹴った時に、靴が脱げてそれを中臣鎌足が拾い、これを機に二人は親しくなり、大化の改新に至りました。この後、天皇中心の中央集権的な国家へと発展していきました。今年は元号がかわりますところ、大化の改新の後、「大化」という我が国最初の元号が使われるようになりました。「日本」という国号もこの時から使われ始めたといわれます。
その後、平安時代になると貴族の間で流行し、その後、庶民の間にも広まっていきます。蹴鞠とは勝ち負けを決めるものではなく、相手が蹴りやすい位置に鞠を蹴り、できるだけ長く、鞠を蹴り続けることが趣旨となります。鞠を蹴るときは足の親指の付け根の部分で蹴ります。詳細は以下のリンクをご覧ください。日本語版の執筆は目下未定です。
それでは実際の様子をご覧ください。ビデオは2017年に撮影したものですが、当日は幸いに雪が降っていてきれいでした。珍しいかとおもいますので、是非ご覧ください。全体で約1時間程度行われます。
上賀茂神社とは?
上賀茂神社は京都でも最も古い神社の一つです。正式名称は「加茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)」と言います。創建は少なくとも7世紀にまでさかのぼることができます。毎年5月には(かつての)勅祭たる葵祭社頭の儀が行われます。さらに、これにとどまらず、葵祭の前儀たる加茂競馬(かもくらべうま)など、古式に則った儀式が数多く保存されています。その歴史的重要性から、1994年に、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。
また、境内では週末や特別の機会には神馬に会うことができます。現在、我が国で神馬を有する神社はわずか10社あまりですが、上賀茂神社はその一つです。紀元祭の日にもいるはずです。上賀茂神社の詳細は以下のリンクをご覧ください。
上賀茂神社へのアクセス
市バス:上賀茂神社前/上賀茂御薗橋バス停