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橿原神宮紀元祭2021と神武天皇と日本のはじまり:皇紀2681年はコロナで中止

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概説

紀元祭とは、毎年2月11日(建国記念の日)に全国の神社で斎行される我が国の建国を祝う祭典です。『日本書記』(西暦720年に編纂されたとされる日本の歴史書)に於いては、今から2,681年前(紀元前660年)の同日、神武天皇が橿原宮(かしはらのみや。現在の橿原神宮がある場所に存在しました)での即位をもって我が国の誕生としています。

本投稿では、まず、『日本書記』の記述、神武天皇の即位までの経緯、橿原神宮の概説と紀元祭の様子をご紹介します。

いちきしま ひめ
いちきしま ひめ

令和三年/2021年の紀元祭は新型コロナウイルス感染症の影響により、中止となりました。詳細は橿原神宮公式サイトの該当ページをご参照ください。

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『日本書記』の記述

『日本書記』には以下の記述があります。

”辛酉年春正月庚辰朔 天皇即帝位於橿原宮是歳爲天皇元年”(かのとりのはる むつきかのえたつついたち すめらみこと かしはらのみやにおいて あまつひつぎしろめす ことしをすめらみことはじめのとしとなす)

『日本書記』には各天皇の即位元年と即位していた期間が記載されており、これをさかのぼっていくと、初代神武天皇が即位した年は紀元前660年と算出されます。

七里ヶ浜親方
七里ヶ浜親方

ここをクリックすると国立国会図書館のデジタルアーカイブの該当巻にいけるぜ。なかなかおもしれーぜ。

神武天皇の即位年をもって紀元とすることは、明治5年(西暦1872年)の太政官布告により定められました。太政官布告とは、今日の政令(内閣が制定する命令)だと考えて頂ければよろしいかと思います。今から約150年前に布告されましたが、2021年現在でも効力があります。

シカさん
シカさん

令和(英語版しかありません。)など一世一元の制度もこれにより定められたよ。

お福さん
お福さん

令和三年は二千六百八十一年になります。

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神武天皇即位までの経緯

生誕から東征まで

以下、神武天皇生誕から東征をへて、即位するまで、『日本書記』に即し重要な箇所のみ簡潔にまとめます。

神武天皇は神日本磐余彦天皇(かみやまとのいはあれひこのすめらみこと)といい、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の曾孫にあたります。瓊瓊杵尊は葦原中国(あしはらなかつくに)を統べるべく、天下ります。(尚、瓊瓊杵尊は天照大神の孫にあたります)

神武天皇は日向国(現在の宮崎県に相当)に生まれ、45歳の時に、大和国(現在の奈良県に相当)に都を作り、我が国(の萌芽)を統べるべく東征を開始します。

八咫烏

八咫烏

東征の道程は、大まかに申しますと、高千穂から出発、宇佐を経て、そこから瀬戸内海を東に進んでいきました。その後大阪湾経由で大和に入ろうとしますが、大和の指導者に阻まれ、同行した兄を失います。そこで、紀伊半島経由で大和入りしようとしますが、道に迷います。この時、天照大神が遣わした八咫烏(やたがらす)に吉野を越えます。

金鵄

金鵄

その後、大和に入り、長髄彦という地方豪族と戦いますが、空に暗雲が立ち込め、ひょうが降りだします。その後、光が差し、金鵄が現れ、神武天皇の弓の上に止まり光を放ちます。長髄彦軍は降参します。その後、大和国を平定し、畝傍山(うねびやま)近くに橿原宮という宮殿を建て、そこで即位し、これを以て我が国の建国となります。

御代替りパンフレット

戦前までは、即位礼に於いて、八咫烏が刺繡された「八咫烏形大錦幡」と金鵄が刺繡された「霊鵄形大錦幡」が掲げられていました。戦後はおそらく政教分離原則との抵触を回避すべく、「菊花章大錦幡」が代替しています。

お福さん
お福さん

写真はそれぞれの大錦幡を模したクリアファイルの写真です。

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橿原神宮概説

以上のような経緯で神武天皇は橿原宮で即位されました。橿原神宮は先程申し上げた通り、その跡地に創建されました。ただし、2,600年以上も前から存在したわけではなく、明治23年(1890年)4月2日に民間の請願により、官幣大社として創建されました。明治天皇は京都御所の賢所(亜天照大神が祀れている建物)と神嘉殿(新嘗祭などが斎行される建物)を下賜されています。

北側には神武天皇の陵があり、参拝することができます。

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橿原神宮紀元祭の様子

概説

橿原神宮外拝殿

橿原神宮の紀元祭は午前11時から約1時間半程度かけて、内拝殿前に於いて斎行されます。

写真の建物は外拝殿と呼ばれます。

橿原神宮内拝殿

この奥に内拝殿(一般の神社でいう御本殿)があります。内拝殿の前で参列するには、事前に申し込むことが必要です。

たけちよ
たけちよ

詳細は橿原神宮の該当ページをご覧下さい。

事前申し込みをしない場合、外拝殿で自由に参列できます。

勅使参列

橿原神宮紀元祭

まずは、午前11時に神職の方々が内拝殿に進み、祝詞を奏上します。

その後、勅使列が内拝殿に向かいます。勅使とは天皇陛下の使者の事です。なぜ勅使が遣わされるかと申しますと、勅祭社たる橿原神宮の祭祀だからです。勅祭社とは、祭祀が行われる場合に、勅使が遣わされる神社のことです。例をご紹介しますと、上賀茂神社下鴨神社は勅祭社です。そして、賀茂社(上賀茂神社と下鴨神社の総称)の祭祀たる葵祭には勅使が遣わされます。また、勅祭社以外の祭祀、若しくはそれに準ずるものにも遣わされることがあります。ここでも例をご紹介しますと、東寺の御七日修法にも勅使が遣わされます。これは宮中祭祀と関連があるためです。

緑色の布がかかった箱は唐櫃(からびつ)とよばれる、調度品などを入れる箱です。

葵祭の御幣物

中には柳筥(やないばこ。写真右側の箱)に入った天皇陛下からの幣帛(へいはく)が入っています。幣帛とは神にささげる供物の総称を意味しますが、ここでは五色絁(ごしきのあしぎぬ)やおそらく麻などが入っています。(写真は下鴨神社に展示されていたものです。)段を登るときに唐櫃を横にむけているのは、幣帛が傾かないようにするためです。

国家斉唱

この後、参列者全員で国家を斉唱します。歌っていたので写真やビデオはありません。

後ほど、雅楽で国家が演奏されます。

紀元奉頌の歌

紀元節の歌として知られるものです。このような歌詞になっています。(一番のみ)

雲に聳(そび)ゆる 高千穂(たかちほ)の
高根おろしに 草も木も
なびきふしけん 大御世(おおみよ)を
仰ぐ今日こそ たのしけれ

神楽奉納

ポスター等には記載されていませんが、奉納されます。

神賑行事

外拝殿の外側で剣舞などが2時間おきに奉納されます。

神武天皇陵参拝


橿原神宮の境内地(北側)には神武天皇の陵があります。ここも参拝なさるとよいでしょう。墓所なので写真は当然ありません。境内地ですが、徒歩で約30分くらいかかります。

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橿原神宮へのアクセス

近鉄橿原神宮前駅より徒歩約10分。

駐車場は約800台駐車可能です。

料金:

大型車 2,000円/日(車高2.645m以上)
中型車 1,000円/日(車高2.285m以上)
普通車  500円/日(車高2.285m未満)

24時間ごとに可算されます。

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橿原神宮基本情報

  • 正式名称 橿原神宮
  • 住所 〒634-0063 奈良県橿原市久米町934
  • 電話 0744-22-3271
  • ウェブサイト 橿原神宮公式ホームページ
  • 拝観時間 6:30~17:30
  • 拝観料 無料



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