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葵祭2019年版;斎王代から流鏑馬、御陰祭まで【世界で一番詳しい】

 葵祭の歴史や由来、斎王代、流鏑馬神事、歩射神事、御蔭祭などのみどころ、日程、行列のコース、おすすめ撮影スポット、移動手段、アクセスなどすべてをご紹介します。尚、昨年のデータに基づきますので、詳細は各神社の上賀茂神社下鴨神社京都市観光協会などの公式サイトなどでご確認下さい。

 お急ぎの方はひとまずこちらをご覧ください。

 

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  1. 葵祭の由来
    1. 葵祭の概要
    2. 葵祭のはじまり
  2. 葵祭の斎王代と斎王
  3. 2018 葵祭の見どころと日程
    1. 斎王代の発表 4月前半
    2. 賀茂曲水宴 4月第二日曜日
    3. 前儀
      1. 足汰式(あしぞろえしき) 5月1日
        1. お鞭洗いの儀
        2. 乗馬足洗いの儀
        3. 毛付の儀
        4. 駆馳(くち)
        5. 競馳(きょうち)
        6. 襷乗の儀(たすきのりのぎ)
      2. 流鏑馬神事 5月3日
      3. 斎王代禊の儀 5月4日
      4. 古武道奉納
      5. 歩射神事(ぶしゃしんじ) 5月5日
      6. 菖蒲の根合の儀 5月5日
      7. 賀茂競馬(かもくらべうま) 5月5日
      8. 献花祭 5月7日
      9. 御蔭祭 5月12日
      10. 御阿礼神事(みあれしんじ) 5月12日
      11. びわ湖堅田供御人行列・鮒奉献式
    4. 葵祭 5月15日 (雨天順延)
      1. 社頭の儀
      2. 路頭の儀
    5. 葵祭 後儀
      1. 献茶祭 上賀茂神社 5月17日
      2. 献茶祭 下鴨神社 5月21日
      3. 煎茶献茶祭 下鴨神社 5月28日
  4. 2019 葵祭 路頭の儀 行列の内容
    1. 勅使代列
      1. 肝入
      2. 乗尻
      3. 検非違使志(けびいしさかん)
      4. 検非違使尉(けびいしのじょう)
      5. 山城使(やましろのつかい)
      6. 御幣櫃(ごへいびつ)
      7. 内蔵寮史生(くらのりょうのししょう)
      8. 御馬(おうま/みうま)
      9. 近衛使代(勅使)の牛車
      10. 舞人(まいうど)
      11. 陪従(べいじゅう)
      12. 近衛使代(勅使)
      13. 内蔵使(くらづかい)
      14. 風流傘(ふりゅうがさ)
    2. 斎王代列
      1. 命婦 
      2. 斎王代
      3. 采女(うねめ)
      4. 騎女(むなのりおんな)
      5. 内侍(ないし)
      6. 蔵人陪従(くろうどのべいじゅう)
      7. 斎王代の牛車
  5. 2019 葵祭 路頭の儀 行列のコースと時間
    1. 行列の通過時間
      1. 建礼門前 
      2. 堺町御門前 
      3. 河原町今出川 
      4. 下鴨神社着 
      5. 下鴨神社発 
      6. 洛北高校前
      7. 北大路橋 
      8. 上賀茂神社着
  6. 2019 葵祭 有料観覧席
    1. 京都御所、下鴨神社の有料観覧席
    2. 上賀茂神社の有料観覧席
  7. 2019 葵祭 観覧スポット
    1. 御所(京都御苑)
    2. 下鴨神社
    3. 上賀茂神社
      1. 本殿祭の儀
      2. 勅祭 葵祭 社頭の儀
    4. 路頭の儀
  8. 2019 葵祭 移動手段
  9. 2019 葵祭 各会場へのアクセス
    1. 京都御所へのアクセス
      1. JR京都駅から
      2. 京阪から
      3. 阪急から
    2. 下鴨神社へのアクセス
      1. JR京都駅から
      2. 京阪から
      3. 阪急から
    3. 上賀茂神社へのアクセス
      1. JR京都駅から
      2. 京阪から
      3. 阪急から

葵祭の由来

葵祭の概要

葵祭2017

 葵祭の正式名称は「賀茂祭」といいます。「賀茂祭」というのは、賀茂神社の例祭を指します。賀茂神社とは賀茂御祖宮神社(かもみおやじんじゃ。下賀茂神社の正式名称)と賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ。上賀茂神社の正式名称)の総称のことです。旧暦4月の2回目の酉の日に行われていました。現在では毎年5月15日に行われます。

 祇園祭、時代祭と並び京都三大祭の一つとして知られますが、同時に、石清水八幡宮の岩清水祭、春日大社の春日祭とともに三勅祭とされています。勅祭とは天皇の使者たる、勅使が派遣される神社の祭祀のことです。先頃行われた平安神宮の例祭などがこれに当たります。三勅祭とは、勅祭の中でも、とりわけ旧儀を保存する目的で、古式に則って特別な方式で行われるもののことです。 

御蔭祭2016

 平安時代には貴族の間で「祭」といえば、賀茂祭をさしていました。この賀茂祭が「葵祭」と呼ばれるようになるのは江戸時代に入ってからのことです。江戸時代になると、賀茂祭の時、宸殿、牛車、勅使などの参列者全員が賀茂社の神紋たる葵の葉で飾るようになり、このことから「葵祭」と呼ばれるようになりました。

葵祭のはじまり

 葵祭の起源は少なくとも平安京遷都以前の飛鳥時代に遡ります。

  上賀茂神社の賀茂祭のパンフレットによると、上賀茂神社の御祭神の賀茂別雷大神(かもわけいかづちのかみ)が神山(こうやま。現在でも禁足地で磐座があります)に御降臨された時に、神託により、葵をつけた馬でお迎えしたことに起源をもつと言われます。

 その後、欽明天皇在位時(6世紀半ばころ、文献により異なる)、日本国内では天候が荒れ、風水害が続き五穀が実らないなど、天災に見舞われました。欽明天皇は567年、卜部伊吉若日子(うらべのいきわかひこ)に原因を占わさせると、賀茂の神々の祟りだと判明しました。卜部伊吉若日子は勅命を帯び、旧暦4月の吉日に祭礼を行い、馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)をしたところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になりました。

 その後、平安時代に入り、810年には律令制の下、勅命により執り行われる勅祭となり、819年には中祀に準じて斎行すべしとの勅命が下されます。中祀とは祭の前3日間潔斎して行うもののことです。

 当時は後述申し上げます社頭の儀はほとんど公開されず、上皇、貴族、市民、地方からの見物人は御所から賀茂社へ向かう行粧(行列のこと)を見ていました。

 このように平安時代には盛大に行われた葵祭ですが、室町時代には徐々に衰退に向かい、応仁の乱以降は途絶えてしまいます。

 この後、江戸時代にいったん復活しますが、再び、明治時代に途絶えます。明治天皇の旧儀復興の仰せにより、先程申し上げました、三勅祭となり復活しますが、太平洋戦争中に行粧が中止され、社頭の儀のみが行われることになります。戦後の1953年に行粧が復活し、1956年に、後述します斎王に変わる、斎王代の女人行列が行われるようになり、現在に至ります。

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葵祭の斎王代と斎王

斎王代2016

 斎王とは神の御杖代(みつえしろ。神や天皇の杖となって助ける者のこと。杖が依代になると考えられたことに基づく)として、祭祀に奉仕した未婚の皇女のことを指します。歴史上、伊勢神宮と賀茂祭にしか奉仕した例はありません。(両者を区別するため、伊勢神宮に奉仕する斎王は斎宮と呼ばれます。)

 賀茂祭では810年から齋院(さいいん/いつきのみや)と呼ばれる斎王の制度が始まります。斎王は天皇陛下が即位すると占いで選出され、譲位、もしくは崩御するまでその役目を果たしました。

 斎王は選出されると御所内の「初齋院」と呼ばれるところで生活し、毎日潔斎し、毎月朔日には賀茂社の神様を遥拝するという生活を3年間送りました。

櫟谷七野神社

 

その後、野宮という院(現在の櫟谷七野神社「いちいだにななのじんじゃ」の周辺と言われます。ただし、野宮はその都度壊されたので定かではありません。)に入り、賀茂川で潔斎した後、初めて賀茂祭に奉仕できる状態になりました。

櫟谷七野神社

  写真は現在の櫟谷七野神社です。地図上では簡単にいけそうですが、大きな通りに面していないため、行けば確実に迷います。もし行かれるのでしたら、十分に時間に余裕をお持ちになってください。

落柿舎の紅葉2017

 ちなみに初代賀茂斎院は「有智子内親王(うちこないしんのう)」という方で、墓所が嵐山の落柿舎の隣にあります。

 賀茂祭当日は院を出て南下し、一条大路で勅使の列と合流し、一条大路を東にすすみ、下鴨神社、上賀茂神社の順に参向しました。上の地図の青い枠がおおよその平安京の位置です。赤い鳥居が現在の櫟谷七野神社神社です。そこから南下し、大宮大路から一条大路に入ります(赤い宇宙人マークの場所)。

葵祭2017

 この一条大路は『源氏物語』の「葵」の巻に出てくる車争いの舞台となったところです。ただ、この車争いが起ったのは賀茂祭の日(現在の葵祭で行われる社頭の儀や路頭の儀の日ではないという意味です。)ではなく、賀茂祭の4日前におこなわれる斎王御潔(さいおうごけい)と呼ばれる儀式の日です。車争いとは、六条御息所が御潔の日に参列する光源氏を見ようと一条大路で牛車で陣取っていたところ、葵の上の一行が割り込んできて、恥をかかされてしまうという場面です。

 この斎王御潔が当時行われたのが青い宇宙人マークのあたりです。この斎王御潔は斎王をみることのできる数少ない機会だったので、貴族はもちろん、一般人や地方から上京してきた見物人などでごった返していたようです。この様子は清少納言の『枕草子』にも記載されています。この斎王御潔は今日の斎王代禊の儀に相当します。現在の斎王代禊の儀は手を川につけるだけですが、伊勢神宮に奉仕した斎宮は桂川に身を浸して御潔をしていたそうです。

 この斎王の制度も鎌倉時代には途絶えてしまい、その後、1956年に斎王代として復活しました。斎王代の「代」とは代替とか代わりという意味です。現在では皇女ではなく、一般の未婚女性が選ばれ4月に発表されます。

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2018 葵祭の見どころと日程

 葵祭そのものは毎年5月15日に開催されますが、前儀など付随する行事を含めると、4月前半の斎王代の発表にから5月28日に下鴨神社で行われる煎茶献茶祭までの約一月半かかけて行われます。ただし、祇園祭のように一月の間に間断なく続くというわけではありません。

斎王代の発表 4月前半

 4月の前半に当該年の斎王代が選出されます。選出といっても公募されるわけではなく、資産家の未婚の女性が選ばれます。

賀茂曲水宴 4月第二日曜日

毎年、4月の第二日曜に上賀茂神社の渉渓園で賀茂曲水宴(かもきょくすいのえん/ごくすいのえん)が催されます。曲水宴とはご覧のように蛇行した小川の辺りで和歌を詠むものです。この渉渓園は曲水宴用の庭園で、普段は中にはいれません。

賀茂曲水宴2017

曲水宴とは、盃を乗せた鳥さんが自分の前にくるまでに和歌を詠む宴です。

賀茂曲水宴2017賀茂曲水宴2017

葵祭とは直接は関係ありませんが、この時、前年の斎王代の姿を拝見できます。

前儀

足汰式(あしぞろえしき) 5月1日

 後ほど申し上げます、賀茂競馬(かもくらべうま。5月5日開催)の組み合わせ(番。つがい。二頭一組で走ります。)、走る順番(番立。ばんだて)を決めます。乗尻(のりじり。騎手のこと)の騎乗時の姿勢や鞭の指し方、馬の毛並みなどにより優劣を決めます。今年で952回目となります。

お鞭洗いの儀

お鞭洗いの儀

 上賀茂神社の摂社、賀茂山口神社前の流れで、競馬で使用する鞭を清めます。

乗馬足洗いの儀

乗馬足洗いの儀乗馬足洗いの儀

 境内を流れるならの小川の水で、馬の足を清めます。これには足が熱を持たせないようにする目的もあります。写真のように、水を手ですくってお馬さんの足にかけます。

乗馬足洗いの儀乗馬足洗いの儀

 この後、乗尻(騎手)も袴と足を清めます。これは滑り止めの効果があります。

毛付の儀

毛付の儀毛付の儀

 馬の口の中を見て年齢、健康状態などを判断し、馬場殿(二枚目の写真の建物。外幣殿という建物です。)神職以下の諸役の方に報告します。

足汰式足汰式

 この後、コースをゴール地点からスタート地点にジグザグに進んでいきます。これを「九折南下」といいます。9回ジグザグに進んでいくのですが、これは、馬が急に走り出さないようにするためと、地面の状態を把握させるために行われます。

足汰式足汰式

 この時お馬さんは埒(らち。二枚目の写真。馬場などに設けられた囲いのこと)ギリギリのところまでやってきます。この埒はご覧のように竹の間に葉が詰めてあり、万一お馬さんがぶつかっても、お馬さん、そして中の人間のダメージが最小限になるようになっています。ちなみに、「埒が明く」の語源は賀茂競馬にあります。この埒は足汰式のち、5日に賀茂競馬が終わると、収去され、その後、葵祭本番を迎えます。このことから、物事が片付くという意味になったと言われます。

駆馳(くち)

駆馳駆馳

 この後、コースを一頭ずつ走り、乗尻の鞭の指し方や走り方が走るつがいを決める参考にされ、番立と呼ばれる順番が決められます。お馬さんは全部で12頭います。

2017賀茂競馬

 乗尻は競馬の時はこのような服装(袍。ほう)ですが、

足汰式

 足汰式の時はこのような服装(狩衣)です。これは、競馬の時は勝った方が天皇の前で舞を舞ったことに由来します。

競馳(きょうち)

競馳

 今度はつがいで実際に走ります。ここでお馬さんと乗尻について少し詳しく見てみましょう。

 賀茂競馬は賀茂祭に際して行われるます。その重要性故、堀川天皇がこの費用を負担させるべく、荘園から馬を供出させました。これにちなみ、現在でも播磨国安志庄や、阿波国福田庄などの名称が付されています。慣行により、美作国倭文庄、加賀国金津庄が最初のつがいを務めることになっています。乗尻は代々賀茂一族の末裔の方が務めます。小学生のころから練習しはじめ、たしか10歳くらいから実際に馬に乗ります。

賀茂競馬賀茂競馬

 次は馬具について見てみます。鐙などのこれらの馬具は江戸時代に桂昌院(家光の側室で、綱吉の生母。大徳寺の近くの生まれとされています。)が男の子が生まれるようにと、上賀茂神社に度々足を運んでいたところ、綱吉が生まれたので、その御礼にと奉納されたものだそうです。

賀茂競馬コース

 最後に勝敗の決し方についてご紹介します。写真奥の1のところから、一馬身離れた状態で二頭をスタートさせ、2の場所にかかった時、その差が縮まったか否かで勝敗が決せられます。ちなみに先ほどご紹介した最初のつがいは、これも慣行で美作国倭文庄が勝ことになっています。

襷乗の儀(たすきのりのぎ)

襷乗の儀襷乗の儀

 競馳の儀の後、二の鳥居から本殿を遥拝したあと、馬場殿の前で二頭の馬をたすき掛けのように交叉して歩かせ、つがいの良否を問います。

流鏑馬神事 5月3日

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 葵祭の無事を祈って行われます。糺の森(ただすのもり)に設けられた全長500メートルの馬場に100メートル間隔で的が置かれます。矢が的中すれば五穀が実り、諸願が達せられるといわれます。公家風の装束で行われるのが他にはないみどころです。

 元来は「矢馳せ馬(やばせうま)」と呼ばれ時代とともに流鏑馬と呼ばれるようになったようです。この流鏑馬、下鴨神社では「騎射(きしゃ)」と呼ばれていたそうです。『続日本紀』には賀茂祭の時にあまりに人が集まるので、禁止令が出されたことが記されています。現代でも沢山の人が集まります。

 それでは5月3日の流鏑馬神事の様子を見てみましょう。

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 お馬さんたちは前日、または当日に下鴨神社に到着しています。撮影隊は撮影場所を確保した後、お馬さんたちと遊びます。

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 馬はとても神経質な動物ですが、今回のお馬さんは人間なれしているらしく、顔を近づけてきて、体を触らせてくれます。私の手を口でパクパクと噛む、と申しますか撫でます。

神山号a.k.a.メダイヨン

 たのむぜ

 尚、お馬さんは至近距離の正面はよく見えないので、顔の横に立ってあげましょう。

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 実際のコースはこうなっています。手前のロープで区切った細長い場所を馬が走ります。砂が盛ってあり、ふかふかしています。

 この後、本殿で社頭の儀があり、これが終わると、いよいよ流鏑馬が始まります。馬が走る場所を馬場と呼びます。距離は約500メートルです。

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 ご覧いただいておりますように、平安装束を身にまとっています。これが各地の流鏑馬行事の中でも珍しいことだそうです。

2017流鏑馬神事 下鴨神社2017流鏑馬神事 下鴨神社

 拡大するとこうなります。

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 これが的です。杉の板で、大きさは対角線が一尺五寸(約45㎝)、馬との距離8尺(約1m80㎝)の場所に設置されます。的の間隔は約100メートルです。

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 射貫かれた的と矢は授与されます。白い帽子の男性が持っているのが射貫かれた的、その上にある朱色の糸で結わえた白い包みが矢です。

狩衣

 流鏑馬は5人一組になり、計4回行われます。はじめの一組目は平安装束(狩衣)で騎乗します。狩衣と言っても袖が長く、このままでは弓を引くことが出来ないので、紐で結わえています。

2017流鏑馬神事 下鴨神社2017流鏑馬神事 下鴨神社

2017流鏑馬神事 下鴨神社2017流鏑馬神事 下鴨神社

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 コマ送りでみるとこうなります。的と的の間を走り抜ける間に矢を取り出し、弓を引き、狙いをつける、と一連の動作を行います。写真で見ているとそれほど難しそうには見えないかもしれませんが、馬はものすごいスピードで走り抜けていきます。騎手は鞍に腰かけているのではなく、中腰で騎乗して、一回走るだけでも、ものすごく疲れるそうです。

小笠原流流鏑馬 木馬小笠原流流鏑馬 木馬

しかも、流鏑馬の練習はほとんどが木馬で行い、実際の馬に乗って行うのは年に2、3回程度だそうです。

 実際にご覧になって頂いた方がわかりやすいと思いますので、ビデオでご覧ください。三つの的にすべて中てることを「懐中(かいちゅう)」といいます。「イン、ヨー」と言っているのは陰陽の意味です。近くで聞いていると、矢が的を割る「カーン」という音が心地よく響きます。

2017流鏑馬神事 下鴨神社2017流鏑馬神事 下鴨神社

 走り終えると、騎手は帛(はく。絹のこと。大昔は布が貴重品で、神への捧げ物にもちいられたことに基づく)を受け取ります。この時、鞭で受け取り、肩にかけます。

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 その後、拝舞という動作をします。

2017流鏑馬神事 下鴨神社

 一組目が終わると、今度は武家装束での流鏑馬が行われます。

斎王代禊の儀 5月4日

 先ほどご紹介しました斎王御潔の現代版です。斎王代をはじめ、女人列に参列する女性が下鴨神社の御手洗川で身を清めます。(隔年で下鴨神社の御手洗川と上賀茂神社のならの小川で行われます。今年は上鴨神社で行われます。写真は昨年の様子です。)元来は鴨川で行われていましたが、現在では、上賀茂神社と下鴨神社の御手洗川で隔年交代で行われています。

2017斎王代禊の儀

 下鴨神社の場合、斎王代禊の儀は撮影場所が限られています。ご覧の白いテントが関係者席、赤いコーンが置いてあるところはプレス用の撮影場所です。一般はこの写真の左手のわずかな場所から撮影となります。

2017斎王代禊の儀

 目の前には木があり視界を遮ります。これは仕方ないので、あきらめます。ただし、禊(川に手を浸すところ)自体の撮影を優先しました。この後、撮影隊は今日もお馬さんと楽しい時間を過ごします。

2017斎王代禊の儀2017斎王代禊の儀

 午前10時過ぎ、雅楽の音とともに、女人列が入ってきます。この後雛壇に着いた女人列、参列者をお祓いした後、斎王代と童女(わらわめ)が御手洗川に向かいます。

2017斎王代禊の儀

2017斎王代禊の儀2017斎王代禊の儀

 十二一重は裾が長い上に重いのでかなり歩くのが大変なようです。

2017斎王代禊の儀

 手を水に浸している時間は2~30秒くらいです。

2017斎王代禊の儀2017斎王代禊の儀

 その後、竹(斎串。いぐし)に挟んであった紙(形代。かたしろ)で手をぬぐい、紙を御手洗川に流します。

2017斎王代禊の儀2017斎王代禊の儀

 この後女人列は神服殿に移動します。

2017斎王代禊の儀2017斎王代禊の儀

 神服殿とは、夏と冬の御神服を奉製した場所で、のちに勅使殿/到着殿として機能した建物です。普段は非公開ですが、特別公開の時だけ内部を見学できます。

2017斎王代禊の儀2017斎王代禊の儀

今年の上賀茂神社で行われた御禊の様子をご覧ください。

古武道奉納

葵祭 古武道奉納

全国から集まった武道家の方々が披露されます。写真は薙刀剣術。

歩射神事(ぶしゃしんじ) 5月5日

 これは路頭の儀で勅使が通る楼門、沿道を清めるために行われます。

2017歩射神事2017歩射神事2017歩射神事2017歩射神事

 小笠原流の人たちが楼門から入って来て、この後本殿で神事を行います。小笠原流は鎌倉時代に始まり、礼法・弓術・弓馬術などの武家故実を一子相伝で伝える流派です。

2017歩射神事2017歩射神事2017歩射神事

 次に屋越式と呼ばれる儀式が行われます。これはご覧のように勅使が通る楼門(司会の方は三門と呼んではりました)の上に矢を放ち、楼門の邪気を祓います。

歩射神事

 この矢は「蟇目矢(ひきめや)」といいます。蟇目とは上の写真の矢の先端についている赤いものです。これに穴が開いていて、矢を放つと、「ひゅん」と音がします。この音で邪気を祓います。

2017歩射神事

 これはこの後行われる「百手式(ももてしき)」で使われる矢です。この矢には蟇目はなく、鏃(やじり)がついているだけですね。

2017歩射神事 2017歩射神事

 これが「百手式(ももてしき)」の様子です。元来は10人の射手が10手(一手で矢を二本射ります。)がの矢を射ることからこう呼ばれます。現在では、前弓・中弓・後弓の三組に分かれた七人が矢を一手ずつ射ます。

 この歩射神事は宮中の「射礼の儀(じゃらいのぎ)」に基づくものです。

菖蒲の根合の儀 5月5日

頓宮

 元来は宮中で、菖蒲の根の大小を競う行事でした。上賀茂神社では御祭神の賀茂別雷大神に競馬を見ていただくため、御分霊を頓宮をいう仮のお宮に御移しする「頓宮遷御の儀(とんぐうせんぎょのぎ)」が行われます。この後、頓宮の屋根を菖蒲で清め、根合わせを行います。

1日になっていましたが、5日です。申し訳ございません。

賀茂競馬(かもくらべうま) 5月5日

 もともとは端午の節句に行われた宮中行事だったものが上賀茂神社で行われるようになったものです。天下泰平と五穀豊穣が祈願されます。

2017賀茂競馬2017賀茂競馬

 実際に走り出すのは3:10過ぎくらいからです。

献花祭 5月7日

 遠州正風宗家により献花が行われます。

御蔭祭 5月12日

御蔭祭2016

 前儀の中では、最も有名かつ大規模なものです。比叡山麓の御蔭神社から、新たにお生まれになった下鴨神社の御祭神の荒御魂を下鴨神社にお連れする儀式です。

ひとまず、切芝神事の様子をご覧ください。

 各神事のみどころ、一日で全部を回るコースはこちらからどうぞ。

御阿礼神事(みあれしんじ) 5月12日

 同日、上賀茂神社でも神様を迎える神事が行われます。これは非公開なので、詳細はわかりませんが、恐らく、神籬(ひもろぎ。神社や神棚以外の場所で神を迎えるときに使う依代)に御祭神に降りてきていただくのだと思います。

びわ湖堅田供御人行列・鮒奉献式

 「びわこ かたた くごにん ぎょうれつ・ふなほうけんさい」と読みます。堅田とは現在の滋賀県大津市の一部で、11世紀後半に下鴨神社の支配の下に置かれ(i.e. 荘園)、「堅田御厨(かたたみくりや)」と呼ばれました。御厨とは神饌(神様の食物)を用意する建物のことですが、転じて神饌の調達地を意味するようになりました。この地の漁民の方々は鮒(琵琶湖名物。献上品。鮒寿司が美味しいですよ。)などを納める代わりに、荘園の租税を免除されていました。当時の伝統に則り、現在でも葵祭に際し、鮒を献上しておられます。

 ちなみに、下鴨神社の大炊所(神饌を準備するところ、i.e. 御厨)が特別公開の折に見学でき、新鮮をみることができます。

葵祭 5月15日 (雨天順延)

社頭の儀

 行列が下賀茂神社と上賀茂神社に到着したときに行われます。非公開となっています。戦術申し上げました葵祭の趣旨から、社頭の儀がその本質をなします。内蔵使が持っている御祭文を勅使(行列の勅使代とは別の人)が奏上し、御幣物(布)が奉献され、御馬を神覧に供した後、東遊が演じられます。上賀茂神社ですと遠目ですが東遊の様子を少しだけ見ることができます。(ただし、なんかやってはるな、くらいしかわかりません。)この後、走馬の儀が執り行われます。

路頭の儀

 葵祭最大のみどころです。平安装束に身を包んだ行列が京都御所から下鴨神社を経由して、上賀茂神社まで、総勢約500人・お馬さん約4〜50頭・牛さん4頭、牛車2台、御輿が約8kmを約5時間かけて移動します。

葵祭 後儀

献茶祭 上賀茂神社 5月17日

 1954年から斎行されている神事で、神前で、濃茶薄茶各一服奉献することにより、葵祭がつつがなく進んだことを祝います。境内には副席が設けられます。表、裏千家が隔年で奉仕します。

献茶祭 下鴨神社 5月21日

 下鴨神社でも、同様に献茶祭が斎行されます。こちらは表、裏、武者小路千家が交代で奉仕します。

煎茶献茶祭 下鴨神社 5月28日

 下鴨神社でのみ行われる神事で、小川流煎茶の家元が煎茶を神前に奉献します。

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2019 葵祭 路頭の儀 行列の内容

 ビデオをつくりましたので、ご覧ください。日本語版をご覧になりたい方はページ先頭のビデオをご覧ください。8:30くらいから行列の解説が始まります。

勅使代列

肝入

乗尻

写真の中心部、白い狩衣を着た人です。行列を先導します。

乗尻

葵祭2016

 先ほどご紹介しました、5月5日に行われた賀茂競馬の騎手です。

検非違使志(けびいしさかん)

検非違使志

 洛中(平安時代の京都の範囲)の警察、司法行政を担当する官職で、行列の警備にあたります。

検非違使尉(けびいしのじょう)

検非違使尉

検非違使志の上役に当たります。警備の最高責任者です。あっさり解説していますが、平安時代はかなりの権力を有していました。

 賀茂祭の折、花山法皇一行が参議(太政官という朝廷の最高機関の官職)に乱暴を働いたところ、これを聞きつけた藤原道長がこの事件を一条天皇の耳に入れると、一条天皇は犯人を捕らえることを許可しました。法皇一行は法皇御所に逃げ込みますが、検非違使はこれを包囲し、法皇はおそれをなし、犯人をさしだしました。検非違使の権力を示すエピソードです。

 ただし、法皇の従者はそれまで法皇の威光を傘にさんざん悪事を働いていて、検非違使庁への出頭命令も無視するなどしていたため、一条天皇の堪忍袋の緒が切れたという側面もあります。

山城使(やましろのつかい)

山城使

洛外の警備を担当します。現在の京都府(副)知事に相当します。賀茂社(上賀茂神社と下鴨神社)は洛外にあるため、行粧に随行し、警備を担当します。

御幣櫃(ごへいびつ)

葵祭 御幣櫃

 賀茂両社に収める御幣物(ごへいもつ。天皇陛下から献上されるもの。ここでは木綿や麻などの布)が収められています。

葵祭の御幣物

 実物は下鴨神社の大炊殿にあります。

内蔵寮史生(くらのりょうのししょう)

内蔵寮史生

 御幣物の守護の責任者です。

御馬(おうま/みうま)

葵祭 御馬

 賀茂社に献上される馬です。

近衛使代(勅使)の牛車

近衛使代の牛車

 葵祭の行列には牛車が2台登場します。その内の一台がこの近衛使代の牛車です。正式名称は「唐庇網代杏葉車(からびさしのあじろぎょうようしゃ)」といいます。上皇・摂関・勅使用の大型の牛車です。葵祭の時だけ、梅などの造花で飾られます。橙色の服を着ているお子さんたちは、牛童(うしわらわ)といいます。御所を出発するときは元気いっぱいですが、上賀茂神社に着くころには憔悴しきっていてすこし可哀そうになってきます。

 勅使代は馬に乗って移動するので、本来は牛車は必要ありませんが、行列を盛り上げるために登場します。

葵祭・替牛

 すぐ後ろには替牛という予備のウシさんが続きます。

舞人(まいうど)

舞人

「東遊」を舞う武官です

陪従(べいじゅう)

陪従

 雅楽を演奏する武官です。

近衛使代(勅使)

葵祭・近衛使代

 行列の中で最も位の高い人です。先ほど申し上げましたように、葵祭は勅祭ですので、天王陛下の使いの近衛使(代)が主役となります。「代」とあるように、実際の勅使の方ではありません。四位近衛中将が務めるので、近衛使とも呼ばれます。勅使代が乗っている馬は飾馬と言います。お面のようなものをつけています。

内蔵使(くらづかい)

内蔵使

 賀茂社で奏上される天皇陛下の御祭文を運ぶ役人です。胸から覗く袋の中に、御祭文が入っています。

風流傘(ふりゅうがさ)

風流傘風流傘

 行列を華やかにするために随行します。

斎王代列

命婦 

葵祭 命婦

高位の女官、または高官の妻女が務めます。

斎王代

葵祭・斎王代葵祭・斎王代

 行列中、最も有名な斎王代です。腰輿(およよ)という乗り物に乗っています 

葵祭2016

 四方が解放され、かつ御簾(みす。上の写真をご参照ください。御輿の御簾ではなく、上賀茂神社の橋殿の御簾です。)が付いているので、別名「四方輿」とも呼ばれます。

時代祭2016 神幸列 鳳輦 

 腰輿という字からも明らかなように、輿の一種です。平安時代に輿に乗ることが出来たのは、天皇・皇后と斎宮・斎王だけです。(ただし、時代の変遷とともに公卿なども用いるようにまります。)写真は時代祭の鳳輦(ほうれん。屋根の上に鳳凰が飾られた天皇の公式の乗りもの)です。

 斎王代の衣装は所謂十二単です。正式名称は五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)といいます。十二、と言いますが、実際に十二枚和服を着ているわけではなく、「たくさんの」という意味です。千尋がとても広いという意味であるのと同様です。

 五衣とは中に来ている着物の名称、唐衣とは一番上に羽織る和服、裳とは後ろについている白い部分(下の写真で女の子がもっているところ)です。詳細は上のビデオでご確認下さい。

葵祭・斎王代葵祭2016

 上賀茂神社に到着すると、斎王代は腰輿からおり徒歩で本殿に向かいます。この時は小忌衣(おみごろも。神事などで使用される上着)を着てます。これはこれから神事(ここでは上賀茂神社の社頭の儀)に臨むことを意味します。

巫女

 巫女は普段はこのような服装をしています。神社でご覧になったことがあるかと思います。

神式結婚式

 他方、神事(ここでは結婚式)の時はこのように小忌衣を着用しています。

葵祭2016斎王代

 斎王代の髪型は垂髪(おすべらかし)といいます。前頭部に着けている金属のプレート状の飾りは心葉(こころば)といいます。神事に奉仕する人が身に着けます。頭頂部から垂れ下がっている糸は日陰糸(ひかげのいと)といいます。元来はヒカゲノカズラという植物を用いていました。後述いたします、采女(うねめ)も同じものを身に着けています。

檜扇

 手に持っているのは檜扇(ひおうぎ。見づらいかもしれませんが、腰輿にのっているときも持っています。)という木製の扇です。(上の写真は斎王代の檜扇ではありません。)

ヒオウギ

 祇園祭の時目にするヒオウギ(上の写真)はこの檜扇にちなみます。

采女(うねめ)

葵祭・上賀茂神社

齋院の神事を司る女官です。地方豪族の娘の中から選ばれました。

騎女(むなのりおんな)

葵祭2016

斎王付きの巫子(みかんこ)。神事を司る女官です。

汗衫

 汗衫(かざみ)という上衣を着ています。肩につけているのは藤の造花です。

汗衫

 この汗衫は裾が長いのですが、騎乗時は畳んであり、歩く時には元に戻します。

内侍(ないし)

内侍

 高級女官です。

蔵人陪従(くろうどのべいじゅう)

蔵人陪従蔵人陪従

 斎院の蔵人所(くろうどどころ。会計などを担当する部署)に属する、雅楽を演奏する文官です。

斎王代の牛車

葵祭・斎王代の牛車

 勅使の牛車と同じ大きさのものですが、本来は小形の糸家車(いとげのくるま。糸糸←糸はこういう漢字が使われますが、変換できませんでした)ものです。

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2019 葵祭 路頭の儀 行列のコースと時間

行列の通過時間

建礼門前 

10:30 黒い宇宙人マーク

堺町御門前 

10:50 赤い宇宙人マーク

河原町今出川 

11:15 オレンジの宇宙人マーク

下鴨神社着 

11:40 緑の宇宙人マーク

下鴨神社発 

14:20 紫の宇宙人マーク

洛北高校前

14:40 水色の宇宙人マーク

北大路橋 

14:55 黄色の宇宙人マーク

上賀茂神社着

15:30 グレイの宇宙人マーク

 以上はおおよその通過時間です。行列の先頭が通過してから最後尾が通過するまでの時間は約40分です。

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2019 葵祭 有料観覧席

 葵祭の有料観覧席は、京都御所、下鴨神社、上賀茂神社の三か所にありますが、事前に購入する必要があるのは、京都御所、下鴨神社の有料観覧席です。詳細は京都市観光協会のホームページをご覧ください。上賀茂神社の有料観覧席は当日しか購入出来ません。

京都御所、下鴨神社の有料観覧席

一席 2700円 

全席指定でパンフレットが付きます。詳細は京都市観光協会ホームページまで。(2018年版が更新され次第、リンクをはります。)

上記のリンクよりご確認ください。

上賀茂神社の有料観覧席

一席 1000円 (昨年の料金です。)

こちらは座席指定はありません。パンフレットがもらえます。

葵祭上賀茂神社のリボン

 入口で上のようなリボンがもらえます。これをつけていれば出入りが自由なので、境内を散策できます。例年渉渓園にお茶席が設けられていますので、のんびりできます。

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2019 葵祭 観覧スポット

 まず、観覧スポットにつき概観します。

京都御所(赤い鳥居マーク)、路頭の儀(御所堺町御門ー下鴨神社南鳥居 地図上の赤い線)、社頭の儀(下鴨神社 地図上の緑の鳥居マーク)、路頭の儀(下鴨神社ー上賀茂神社 地図上紫の線)、路頭の儀(上賀茂神社 地図上水色の鳥居マーク

 全部で5か所の観覧スポットがありますが、これらすべての場所に於いて列の前の方で観覧することはできません。可能な観覧方法は移動時間の制約から以下の4つしかありません。

1. 五か所の内のいずれかで観覧

 これが一番単純です。五か所のお好きな場所に何時間か前に到着していい場所で観覧します。特に路頭の儀(下鴨神社ー上賀茂神社間)は比較的空いているので、間近で見ることが出来ます。脚立を持っていくと良いでしょう。

2. いずれか2か所の組み合わせで観覧

 この場合、早めに現地入りする必要性、並びに移動時間との関係から以下の3つに絞られます。この3パターンでしたら、ほぼ確実に観覧可能です。ただし、下鴨神社と上賀茂神社で観覧する場合、上賀茂神社での最前列での観覧は不可能とお考え下さい。

御所と上賀茂神社

御所と下鴨神社ー上賀茂神社間

下鴨神社と上賀茂神社

おすすめは鴨川沿いの紫の線です。相対的に空いています。ただし、アクセスが困難です。適当なバス停から歩く必要があります。

御所(京都御苑)

 上の地図の赤い席が有料観覧席となります。おすすめの観覧場所・撮影場所は赤から緑の宇宙人マーク周辺です。

葵祭・牛車葵祭・牛車

 青い宇宙人マークから赤い宇宙人マークのところは待機所のようになっています。上の写真は待機中の牛車にウシさんをセットしているところです。

葵祭・牛車

 昨年は牛童(白い服の人に手を引かれている橙色の服をきた子供さん)がこの場所で観客の前でポーズをとったりしてくれました。

葵祭葵祭

 ここですと建礼門をバックに撮影ができます。

葵祭

 同時に御所の塀も背景にすることもできます。

下鴨神社

葵祭2018

下鴨神社の場合、行列は糺の森の中の参道を進んでいきますが、有料観覧席を利用しないと参道近くにはいけないため、遠くから見ることになり、あまりおすすめはできません。見るなら有料観覧席を利用したほうた良いでしょう。なお、社頭の義は非公開です。

上賀茂神社

 赤い線が有料観覧席です。 この有料観覧席は下鴨神社や御所のものと異なり、当日に購入します。昨年は一人千円でした。

葵祭・上賀茂神社

 上の写真の木の柵の向こう側が有料観覧席です。

本殿祭の儀

上賀茂神社・本殿祭上賀茂神社・本殿祭

上賀茂神社・本殿祭上賀茂神社・本殿祭

 葵祭(勅祭)の前に行われる、上賀茂神社の例祭です。土屋(赤い鳥居マークから)本殿(青い鳥居マーク)に向かって進んでいきます。この後、本殿で本殿祭が行われますが、非公開です。

勅祭 葵祭 社頭の儀

葵祭・上賀茂神社葵祭2016

斎王代2016葵祭・上賀茂神社葵祭・上賀茂神社

葵祭・上賀茂神社葵祭・上賀茂神社

葵祭・上賀茂神社葵祭・上賀茂神社葵祭・上賀茂神社

 平安時代の装束は葵祭のみどころの一つですが、上賀茂神社ですと、間近で見ることができます。ここはもしかしたら穴場なのかもしれません。

葵祭・上賀茂神社葵祭・上賀茂神社

 この後行列は本殿内に入り勅祭が行われます。内容は非公開です。

路頭の儀

葵祭2018

下鴨神社〜上賀茂神社間が比較的空いていてオススメです。

葵祭路頭の儀

これは上賀茂神社の鳥居前ですが、歩くために畳んでいた衣装の裾を元に戻しているところです。こうした場面に遭遇することもできます。

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2019 葵祭 移動手段

 京都観光の主要な移動手段は市バスですが、葵祭観覧の移動に関しては、本サイトではタクシーを推奨します。

 当日は行列通過のため、交通規制が敷かれ、バスのルート変更がなされます。このため、不慣れな方は乗りたいバスに乗れない、または、乗っても時間通りに進まないなどのトラブルが高度の蓋然性を以て想定されます。そこで、市バス、または市バスと地下鉄の用いての移動は推奨しません。必ずタクシーを利用してください。土地勘がおありでしたら、レンタルサイクルを利用しても良いでしょう。

 ただし、京都御所だけに行くために地下鉄を利用する、下鴨神社だけに行くために叡電、京阪を利用する場合はこの限りではありません。

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2019 葵祭 各会場へのアクセス

 先ほど申し上げましたように、バス、鉄道での移動はおすすめしませんので、概略だけ記載します。

京都御所へのアクセス

JR京都駅から

 京都市営地下鉄京都駅から烏丸線の北大路・国際会館方面行きに乗り、丸太町駅で下車。1番出口から地上に出て下さい。赤い宇宙人マークの場所(関ノ町口)から中に入れます。

京阪から

 京阪三条駅で下車し、京都市営地下鉄三条京阪駅から東西線の二条・太秦天神川方面行きに乗ます。途中烏丸御池駅で烏丸線北大路・国際会館方面ゆきに乗り換え、丸太町駅で下車。1番出口から地上に出て下さい。赤い宇宙人マークの場所(関ノ町口)から中に入れます。

阪急から

 烏丸駅で下車し、京都市営地下鉄四条駅から烏丸線の北大路・国際会館方面行きに乗り、丸太町駅で下車。1番出口から地上に出て下さい。赤い宇宙人マークの場所(関ノ町口)から中に入れます。

下鴨神社へのアクセス

JR京都駅から

 JR奈良線に乗り、東福寺駅で京阪線出町柳方面行きに乗り換えて、出町柳駅で下車してください。5番出口から地上にでて、徒歩で下鴨神社へ。

京阪から

 出町柳駅で下車してください。5番出口から地上にでて、徒歩で下鴨神社へ。

阪急から

 河原町駅で下車し、京阪祇園四条駅で京阪線出町柳方面行きに乗り換えて、出町柳駅で下車してください。5番出口から地上にでて、徒歩で下鴨神社へ。

上賀茂神社へのアクセス

JR京都駅から

 京都市営地下鉄京都駅から烏丸線の北大路・国際会館方面行きに乗り、北大路駅で下車。北大路バスターミナルから市バス37系統で乗車し、上賀茂御園橋バス停で下車。

京阪から

 三条駅で下車。三条京阪前バス停から市バス37系統で乗車し、上賀茂御園橋バス停で下車。

阪急から

 烏丸駅で下車し、京都市営地下鉄四条駅から烏丸線の北大路・国際会館方面行きに乗り、北大路駅で下車。北大路バスターミナルから市バス37系統で乗車し、上賀茂御園橋バス停で下車。

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