おすすめ/RECOMMENDED

三大祭、紅葉、名所などを厳選して記事とビデオでご紹介!
Recommended articles and videos, BAAH!

あ、ポチッとな/CLICK HERE!

後七日御修法後拝み2020 於東寺

スポンサーリンク

後七日御修法とは?意義と歴史

後七日御修法

後七日御修法は「ごしちにちみしほ」と読みます。この御修法というのは元々は宮中で営まれていたもので、中国の唐に起源を持ちます。不空三蔵という唐に密教のお坊さんが皇帝のために始めたもので、我が国では、玉体安穏(簡単に申しますと、天皇陛下と国家の安寧のこと)鎮護国家などを祈願するためにおこわなれました。御修法は元来、二週間に亘って行われており、元日から七日までが神事、八日から十四日までが仏事という構成になっていました。この仏事が「宮中真言院後七日御修法」と呼ばれていたため、今日でも、「後七日御修法」と呼ばれます。

承和2(835)年に弘法大師の進言により、弘法大師が大阿闍梨となり、大内裏にある真言院という所で開催され、、長禄4(1460)年までの約625年間の間、特段の事情なき限り、間断なく続いていましたが、翌年から中断、復興したのは、江戸時代の1622年になります。その後、明治政府により、1868年に神仏分離令が出されます。これにより、全国で廃仏毀釈運動がおこり、1871年に御修法も再び中断してしまいます。再び復興されたのは、1883年のことです。八日から十四日までが仏事が東寺の灌頂院で執行されるようになりました。

スポンサーリンク

なにをするのか

後七日御修法

御修法は密教最高峰の儀式と言われます。当日は真言宗各派総本山の山主、並びに定額僧と呼ばれる真言宗の高僧の方々15名が、一日三回、本坊から灌頂院に出向き、鎮護国家、五穀成就、国土豊穣を祈願されます。また、11日の中日と結願される14日には勅使の方(写真前から3番目)も焼香に訪れます。

後七日御修法後拝み

灌頂院(かんじょういん)は廊下で縦に二分したような構造になっていて、奥の北側で御修法が行われます。南側を「礼堂」、廊下部分を「相の間」、北側を「正堂」といいます。

胎蔵界曼荼羅金剛界曼荼羅

正堂は便宜上、母屋と庇のような構造になっているとお考えください。母屋の中には、東側に胎蔵界曼荼羅(写真一枚目)、西に金剛界曼荼羅(写真二枚目が掛けられ、北側に青い五大明王の軸が掛けられます。これらの詳細は東寺立体曼荼羅の記事をご参照ください。他方、庇の部分には十二天(帝釈天や多聞天など、仏法を守る天部)の軸が掛けられています。

曼荼羅の前にはいずれも修法壇(密教法具などをのせた壇のこと)が設けられています。修法は隔年で西院流、勧修寺流で行われます。二つの曼荼羅が隔年で御本尊とされ、御修法が行われます。2019年は西院流で、胎蔵界曼荼羅がご本尊でしたので、今年(2020年)は勧修寺流で金剛界曼荼羅がご本尊となります。また、12日には、天皇陛下の二の間に安置されていた二間観音像の前で、観音供が行われます。

御修法では、このほか、災厄をはらう息災護摩壇と、幸運を呼ぶ増益護摩壇が設けられます。これに加え射、五大尊壇、十二天壇、聖天壇、が内部に設けられ、外部に神供壇が設けられます。

先ほど申し上げました、玉体安穏、鎮護国家などが祈念されますが、この時、天皇陛下の御衣(ぎょい/おんぞ)と香水(こうずい)が加持されます。これは天皇陛下が袖をお通しになる御衣を祈祷することにより、陛下が安穏、ひいては国家も安穏みなるという論理です。灌頂院内(たしか出口あたり)には念持仏であった二間観音も祀られています。

一連の仏事は完全非公開で、我々が灌頂院に入ることができるのは、結縁後の一時間程度の間です。非公開であるのは、仏事であることと、そして、御宝算(ごほうさん)という天皇陛下の生年月日と名前が記載された書類が用いられるからです。

七里ヶ浜親方
七里ヶ浜親方

むかしは、これらを知ってれば、呪詛をかませたんだ。

呪詛と申しますと、今日ではその効力は否定されていますが、以前は当然のこととされていました。例えば、聖武天皇の第一子、基王(もといおう)が亡くなったのは長屋王の呪詛によるもの、とされるなど、枚挙にいとまがありません。

シカさん
シカさん

地主神社のご神木にはいまだに五寸釘の跡がのこっているよ。

この御衣は8日の朝、唐櫃に入れられて勅使の方と供に灌頂院に運ばれ、14日に結縁後、再び勅使の方とともに、灌頂院から運び出され、御所に届けられます。

スポンサーリンク

後拝みと灌頂院の参拝方法

先ほど申し上げましたように、御修法は非公開ですが、結縁後約1時間程度は特別に中にはいることができます。これを「御七日御修法後拝み」と言います。毎年1月14日に行われます。灌頂院はこの後拝みの約1時間と後程ご紹介します、閼伽井(あかい)という井戸にかけてある絵馬を公開が行われる6時間だけです。

たけちよ
たけちよ

年に7時間だけです。

時間は概ね12時30~くらいから(年によって前後します。)。長蛇の列になっていますのでお気を付けください。

後七日御修法後拝み

われわれも勅使門から入ります。出るときは北側の門から出ます。ここで寸志1,000円を納めます。

後七日御修法後拝みお札

すると、スペシャルお札をいただけます。これは先ほどご紹介しました、二間観音を主尊をした祈祷していただいたありがたいお札です。

後七日御修法後拝み

いよいよ灌頂院に入ります。入口で袋を貸していただけますので、履物を入れ、中に入ります。スリッパはありません。

七里ヶ浜親方
七里ヶ浜親方

飛行機でもらえるスリッパや、サンタ用のくつしたなんかもっていくといいぜ

中は撮影禁止です。たしかろうそくの明かりとライトがあったような、なかったような、、、とにかく真っ暗です。中を時計回りで一周して出てきます。

たけちよ
たけちよ

神秘的だったのでその印象が強烈でよく覚えていません。すんまへん。

後七日御修法後拝み神供壇

履物の袋を返却すると、北門に向かいますが、ここで「神供壇(じんぐだん)」とよばれる祭壇のようなものがあります。ここで十二天など天部の神々に供物ささげます。これは御修法の効果を高めるべく行われます。

後七日御修法後拝み

その後、北門に向かう途中にお堂のようなものが目に入ってきます。これが先ほどご紹介しました、閼伽井です。閼伽とは仏前に備える水のことで、この水をくむことから、閼伽井と呼ばれます。以前はここで汲んだ水を灌頂儀式で使われました。灌頂儀式とは、密教で、守り本尊を決める、弟子や阿闍梨などの資格を授けるなどする儀式のことです。

井戸の上にお堂が建っています。ここには三枚の絵馬が掛けてあります。右から、去年、今年、おととしの作物の出来を表します。ここで昔の農家の人が、馬の首が長いから、雨季が長いなど、いろいろ見立てたそうです。

ここを過ぎると、北門から外に出ます。灌頂院は後拝みの時は約1時間しか開かれません。なるべく早めに行かれるとよいでしょう。合掌。

スポンサーリンク

東寺基本情報

  • Phone 
  • Website 東寺公式
  • 拝観料: 500円
  • 拝観時間: 8:00-17:00
スポンサーリンク

東寺へのアクセス


市バス: 東寺東門前、若しくは東寺道バス停

JR西日本: 京都駅

近鉄: 東寺駅

トップへ戻る