2026年点火の時間
- 大文字・・・20:00
- 松ヶ崎妙法・・・20:05
- 船形万灯籠・・・20:10
- 左大文字・・・20:15
- 鳥居形松明・・・20:20

冒頭と重複しますが、大事なことなので、改めて記載します。
点火の仕方
後程ご紹介しますが、五山のうち、登ることができるのは如意ケ嶽(大文字)のみですので、大文字を例に解説します。

いつでも登ることができるって意味だからな。察してくれ。
送り火の字や図形はそれぞれ火の点で描かれています。これらの点は火床(ひどこ)とよばれる台の上で点火されます。火床には石を雷おこしのように積み上げたものや鉄製のものもありますが、大文字では大谷石の棒を用いています。この上に赤松を井桁状にくみ上げ、松の葉を入れ、護摩木や卒塔婆を焚き上げます。
各山の解説と点火の順番
大文字 20:00
銀閣寺の裏手にある如意ケ嶽(大文字山)にあります。市内の殆どの場所から望むことができます。五山のなかで唯一登山可能な山です。(ただし、当日は14時頃から不可)
弘法大師を祀るお堂があります。先述の通り、ここの燈明を以て点火します。火床の数は75基。
写真の十字に組んである大谷石の上に松の割木を井桁状にして高さ1.3mに積み重ね、間に松の葉を挟みます。
江戸初期までは地面に打った杭に松明を結び付けていましたが、その現在のように木を組んで積み重ねる方法になりました。
護摩木は銀閣寺の前で受けつけています。他にも、清水寺などで受けつけています。
この大文字を盃に写して飲むと一年間無病息災でいられるとの言い伝えがあります。写真はハンディカムのモニター越しに移したものですが、ご利益に与ってください。
また、消し炭をもらってきて、半紙に包み、水引をつけ軒下につるすと盗難よけになるとの言い伝えもあります。
松ヶ崎妙法 20:05
妙法は『妙法蓮華経』に由来します。妙の火床は103基、法は63基あります。
「妙」、「法」の二文字ですが、一つとして数えます。「妙」は万灯籠山、「法」は大黒天山にあります。
湧泉寺の寺伝によると、1306年に日蓮により当該寺院が天台宗から法華宗に改宗したときに、日蓮が山に妙の字を書いて点火したのが始まりとされています。法が始まったのは16世紀後半~17世紀前半とされています。
火床はステンレス製。「妙」の点火に際して、読経が行われます。15日20:00から麓の涌泉寺で「題目踊」「さし踊」が行われます。
船形 20:10
船山にあり、火床は79基あります。精霊船ともよばれます。西芳寺の鐘を合図に点火され、読経が行われます。麓にある西方寺の開祖が円仁が唐から帰国する際、暴風雨にあったので、南無阿弥陀仏と唱えたところ、無事帰国できたとの逸話に基づきます。これが真実だとすると、12世紀以降に始まったと解されます。
終了後、同寺に於いて六斎念仏が行われます。護摩木は西芳寺の駐車場で受けつけています。
同日、壬生寺での六斎念仏の一部の様子です。
左大文字 20:15
大文字山にあり、火床は53基あります。いつから始まったかは不明です。昔は岩だらけで火床が確保できなかったため、篝火を用いていましたが、現在ではコンクリートで雷おこしのように固めた石の火床を用いています。法音寺で点火と法要を行った後、この火を用いて点火します。護摩木は金閣寺の門前で受けつけています。
鳥居形 20:20
曼荼羅山にあり、火床は108基あります。弘法大師が石仏を千体きざんだ後の開眼供養に際し始められたと伝えられます。五山送り火では、鳥居形だけ松明を使っています。松脂を多く含んだ「ジン」と呼ばれる部分を燃やすので、橙がかった色をしています。
以前は地面に打った杭に青竹を結わえておき、点火時間になると、太鼓の合図で松明を持って走っていき青竹にさしていました。現在は鉄の皿の上に松明をさして点火します。
護摩木は八体地蔵のところで受けつけています。

バイオリンの松脂を想起してみてくれ

なんとなく明るいよね

鳥居形だけ離れたところにあります。嵐山から左大文字と一緒にご覧になるのがよいでしょう。妙法、船形は近接しているので、チャリなどの移動手段があれば一度に見ることができます。











