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即位礼正殿の儀とは?即位礼の全貌につき詳細かつ簡潔に解説

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即位正殿の儀とは?

平成31年4月30日、今上陛下(当時)が譲位なされました。続いて翌日、すなわち、令和元年5月1日、徳仁皇太子殿下が第126代天皇陛下として即位なされました。

これに伴い令和元年10月22日に即位礼の一環として、即位礼正殿の儀に於いて御自らの即位を我が国の国民、並びに諸外国に対し宣言なされる予定です。

新たに天皇陛下が即位なされますと、以下三者の需要な儀が執り行われます。

  1.  践祚の儀
  2.  即位の礼
  3.  大嘗祭

本投稿では平成元年に行われた即位礼に即し、賢所に期日奉告の儀、即位礼当日賢所大前の儀、並びに即位礼正殿の儀の三者につき、読者の皆様に解説申し上げます。

践祚の儀、大嘗祭につきましては、後日、改めてご紹介する予定です。践祚の儀につきましては、英語版を記してありますので、よろしければご覧ください。

The Enthronement of the Emperor of Japan; Senso
On 30th April, Emperor Akihito gave up his throne and the crown prince Naruhito acceded to the Chrysanthemum Throne. In this article we learn the role of the Emperor of Japan and the meanings of Senso.
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即位礼

即位の礼

即位礼の趣旨は天皇陛下が御自らの即位を天照大御神にご報告すること、並びに、国内外にこれを宣言することにあります。右を実現すべく、以下の儀式があります。

    1. 賢所に期日奉告の儀
    2. 即位礼当日賢所大前の儀
    3. 並びに即位礼正殿の儀
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賢所に期日奉告の儀

概要

即位礼、並びに大嘗祭の期日が正式に決せられた後、天皇陛下は宮中にある宮中三殿、すなわち、賢所、皇霊殿、神殿に於いてその期日を御奉告なされます。

この時、陛下は黄櫨染御袍の御束帯をお召になり、剣璽(けんじ)と供に御奉告なさいます。

剣璽

黄櫨染御袍の御束帯とは、天皇陛下のみに着用が許されている束帯のことです。剣璽とは三種の神器のうちの二つ、天叢雲剣と八尺瓊勾玉を指します。

唐櫃

残る一つ、八咫の鏡は唐櫃(上の写真のような箱のこと)に収められ、賢所に祀られています。

以下、個別にご紹介します。尚、宮中三殿につきましては、践祚の儀の投稿に於いてご紹介する予定です。詳細は目下、先ほど紹介申し上げました、英語版をご覧ください。

賢所

天照大神の御霊たる八咫の鏡に代わる御鏡が祀られています。ただし、実物は伊勢神宮に祀られています。まずはここで天照大神に御奉告されます。宮中三殿の中では最も位が高い場所です。

春興殿

昭和天皇が即位なさったときは、皇室典範、並びに登極令に則り、京都で即位の礼が行われました。この時、賢所も汽車で東京から移動し、京都御所内の春興殿に移されました。

皇霊殿

御歴代の天皇、后妃などが祀られています。宮中三殿のなかでは次に紹介申し上げます、神殿の方が位が高くなっていますが、御祖先への畏敬の念から先に御奉告されます。

神殿

天地神祇八百万神が祀られています。最後にここに御奉告なされます。

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 即位礼当日賢所大前の儀

即位礼当日、天皇陛下は賢所に於いて、天照大神に即位の旨、御奉告なさいます。

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即位礼正殿の儀

即位正殿の儀の歴史

新たな天皇陛下は践祚の儀を経て即位なされますが、即位正殿の儀を以て宣明なさります。

現在でこのように、即位(践祚)と即位正殿の儀は別個のもので、それぞれ別の期日に行われますが、かつては同時に行われていました。これらが二者に分離したのは、桓武天皇が即位した時からです。

平安神宮外拝殿

『続日本紀』(菅原道真らが編纂した勅撰の歴史書)によると、桓武天皇は光仁天王の譲位に伴い、781年4月3月に即位し、同月15日に大極殿で即位を宣言したとあります。この後、大極殿が焼失した後は変遷を経、江戸時代には京都御所の紫宸殿で宣言がなされていました。今日では即位正殿の礼は宮中の正殿松の間で行われます。

黄櫨染御袍

この時、陛下は先ほど申し上げました、黄櫨染御袍の御束帯と呼ばれる束帯をお召にならります。黄櫨染というハゼノキとスオウを用いて染める色で、黄色がかった茶色をしており、絶対禁色と呼ばれます。

袞冕十二章(こんべんじゅうにしょう)

これに対し、江戸時代までは中国風の袞冕十二章(こんべんじゅうにしょう)と呼ばれる礼服でした。820年に嵯峨天皇が詔で即位礼、並びに朝賀の際の着用を義務づけました。最後にお召になられたのは、孝明天皇です。

袞は袞衣(こんえ)という、『唐書』に記された聖王を意味します。他方、冕は冕冠(べんかん)という冠を意味します。

即位礼当日賢所大前の儀の後、正殿松の間に置かれた高御座(たかみくら)に御着きになり、国民の代表たる(法律上のものではありません。)内閣総理大臣を前にお言葉を述べられ、我が国と世界の安寧を祈念なさいます。

この後、内閣総理大臣が寿詞(よごと)とよばれる御祝いの言葉を奏上し、万歳三唱をもって御即位を奉祝します。

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高御座

高御座高御座

高御座は『日本書記』には「天位(タカミクラ/タカキミクラ)」と記述され、元来は大王家の祖霊が祀られた場所を意味し、即位の神話に基づく正当性を確認したものと推認されます。高御座は少なくとも8世紀頃から即位の礼に際し用いられてきました。ご覧のように八角形の屋根を八本の柱が支えます。屋根の八隅の蕨手(くるんとしたところ)と頂上には鳳凰が載せられています。継壇には麒麟が描かれ、祥瑞思想が示唆されます。また、八角形は大八島国/大八州国を表しているともいわれます。

金閣寺鳳凰

鳳凰とは想像上の鳥で、『詩経』などでは天子の出現とともに現れるとされます。金閣寺や平等院鳳凰堂の屋根の上にいる鳥のことです。

高御座の内部

高御座の中には「あん(字を失念しました。後で調べます)」と呼ばれる腰掛があり、侍従が横の台に天叢雲剣、八尺瓊勾玉、御璽、ならびに国璽を置きます。

京都御所紫宸殿

高御座は、平生は京都御所の紫宸殿に置かれています。閂で固定され、分解することができます。前回、そして今回の即位正殿の儀のため、陸上自衛隊のヘリコプターが分解して運んでいきました。

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Michodai 御帳台

高御座

写真後方にあるのは、皇后陛下が着座される御帳台(みちょうだい)です。高御座より少し小ぶりで、ほぼ同じような構造をしています。