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2024年秋の特別公開日程
来てね。
- 日程:11/20(水)~12/1(日)
- 拝観時間:10:00~16:30(16:00受付終了)
- 拝観料:大人800円 小学生400円 幼児無料 特別料金 500円
ちとわかりにくいんだけど、どうも、庭園、書院、本堂が通常で、蔵が特別料金みてえだ。現在の紅葉の状況は以下を参照してくれ。
2023年の様子
11月24日
本日現在、紅葉は見頃です。近隣の永観堂などはまだ見頃に入ったばかりですが、霊鑑寺は一番の見頃と評してさしつかえありません。椿は咲き始めのものがちらほら咲いています。例年と同様に書院が公開されています。御所人形、賀茂人形など例年通りです。狆の人形もあります。
いつもの二人は寝てたよ。
尚、今回は苔への立ち入りを禁じる旨の掲示があります。また、落ちている椿、紅葉も持ち帰ることはできません。
11月11日
11月11日に現地で確認済みだ。
- 日程:11/18(土)~11/30(木)
- 拝観時間:10:00~16:30(16:00受付終了)
- 拝観料:大人800円 小学生400円 幼児無料
春の様子は以下のリンクを参照してね。
尚、アベックコロちゃん以降、一般の拝観では書院内に入ることはできない状況が続いています。2022年秋の特別公開については不明です。
秋の紅葉のみどころと見頃
霊鑑寺では、数は決して多いわけではありませんが、綺麗に色づいた紅葉を静かに楽しむことができます。
なんつーの?ガーッてくるわけじゃなくて、しっぽりと楽しめんのよ。
見頃は例年11月の後半になりますが、今年は6月の時点から一部で紅葉が始まっており、予見が困難になっています。詳細は本年の最新情報をご参照ください。
書院前の庭園に紅葉があります。左の建物が御本堂で如意輪観音菩薩が祀られています。
写真左下の所には苔があり、葉が落ちる時分ですとご覧のようになります。
御本堂近くは発色が秀逸です。
庭園は日陰になっている個所が多く、綺麗な苔を楽しむことができます。
霊鑑寺は椿が有名ですが、秋でも少ない乍ら、楽しむことができます。
霊鑑寺概説
霊鑑寺とは、哲学の道の近くにある、尼門跡寺院です。尼門跡とは尼僧が住持を務める門跡寺院です。尼門跡とは明治以降の名称で、それ以前は比丘尼門跡とよばれていました。承応三年(1654年)に後水尾天皇上皇の皇女、多利宮様が創建、勅許により、円成山霊鑑寺の山号を賜ったことを皮切りに、明治維新まで合計五人の皇女皇孫が入寺されました。創建当時は現在よりもさらに南の谷の部分にあったことから、「谷の御所」とも呼ばれます。
徳川家斉公御寄進の本堂には鏡(霊鑑)をお持ちになった如意輪観音像を祀られています。
今日では秋の紅葉と春まだきの椿の時期に限定公開されています。
書院
概要
書院は写真の門をくぐってすぐ左にある建物です。霊鑑寺には幾多の見所がありますが、書院が最たるものです。この建物は元来は後西院天皇の院御所の御休息所と御番所(警備の人が詰める場所)でしたが、皇女普賢院宮宋栄が住持であった際に下賜され、現在の位置に移築されました。
書院の建物は上記の二つの建物をつなげて作られています。まず主たる部分がかつての御休息所で、縦長の長方形をしています。この建物の右側に御番所が付随しています。
正面奥から、謁見のための上段の間、中段の間、下段の間と続きます。これら三つが謁見の間を構成します。上段の前の奥には、次の間、さらにその奥に宮様が起居に使用した居間があります。通常の特別拝観ですと、上段、中段、下段の間を廊下からみることができるだけですが、2020年は御大礼奉祝のため、36年ぶりに次の間と居間が公開され、なかに入ることができました。
即位につきましては、以下のカテゴリをご参照ください。
上段の間、中段の間、下段の間
ここは先ほど申し上げましたように、謁見のため、すなわり、公的な空間になります。上段の間の天井は格天井という最も格式の高い天井が用いられています。(二条城の天井とおなじ形式)上段の間と中段の間を仕切る襖には『官女唐子遊図』(狩野元信)という絵が描かれています。子供が沢山描かれていますがこれは幼い砌に入寺された事実に配慮してのことと伺っております。
これに対し、下段の間の向かって右側には狩野永徳筆と言われる、『金襖老梅図』、左側には『四季花鳥図』(伝円山応挙筆)というパンフレットに使われている襖絵が描かれます。
居間、次の間
以前京の冬の旅で36年振りに公開されました。居間は私的な空間です。入ると最初に目を引くのは高さが50センチくらいある伽羅です。伽羅とは、香木の中でも最高峰のものです。たしか彫刻が施されていました。
すまねえ、あまりの大きさにビビって記憶が曖昧になってんだ
これは、霊鑑寺四世の等覚院宮が徳川第十一代将軍、徳川家斉公から賜ったものです。この宮様は当初、十代将軍徳川家治公の長男、十一代将軍に就くはずであった家基公と婚約されていました。ところが、家基公は鷹狩りの帰途、何等かの理由で亡くなります。その後、等覚院宮は霊鑑寺に入寺、家基公の代わりに、家斉公が将軍職に就きます。家斉公は家基公を不憫に思っていたのか、もしくは、その他の理由で、家基公には特別の配慮をしています。例えば、家斉は一橋家の生まれで、家基公と直接血縁関係はありませんが、なぜか、毎年お墓詣りを欠かしませんでした。
これはかつての婚約者たる等覚院宮に対しても同様で、伽羅のほか、本堂、書院の東側にある硯石を寄進しています。
家斉公は自分のお父さんがなんかしたと思っていたのかもしれないね。
居間の襖絵は狩野永徳によるもので、奇しくも鷹狩りの絵のようすが描かれます。釘隠しにはウサギさんがあしらわれます。これは妙見信仰に基づき、大内裏から見て霊鑑寺が卯(東)の方角に位置していることによります。同様の理由により、宝蔵にもウサギさんがいます。
他方、次の間は侍従の部屋で、ここには、上皇常皇后陛下が行幸の際にお座りになった椅子が展示されています。
応挙の間、仙人の間
これらは謁見の間から見て左側にあります。それぞれ、円山応挙、仙人の絵があることからこのように呼ばれます。この二つの間と玄関と門がかつての御番所です。
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