この記事の構成
- 1ページ 2026年最新情報、概説、三日間のうちいつ行くべきか、みどころ総論、専門用語解説(蘇民将来子孫也、急急如律令)アクセス
- 2ページ 楽しみ方とみどころ概説(御旅所参拝、会所飾り、授与品、御朱印)鯉山、八幡山
- 3ページ 黒主山、役行者山
- 4ページ 鷹山、浄妙山、橋弁慶山、鈴鹿山
- 5ページ 北観音山、南観音山、四条大船鉾
- 6ページ 鉾搭乗、祇園囃子、屏風祭
- 7ページ あばれ観音、お買い物セールなど
- 8ページ 2025年の様子
- 9ページ 2024年の様子
- 10ページ 2023年突撃の様子
- 11ページ 2022、21年の様子
このページのもくじはこの下にあります。
鷹山
鷹山
鷹山も応仁の乱以前から存在する山です。「祇園社記」には「鷹つかひ山」と記載されており、1500年の籤定次第では「たか山」と記載されています。886年に光孝天皇の狩りに随行した在原行平一行に取材しており、ご神体は在原行平と目される「鷹つかい」、粽を食べる所作の行平の息子遠讒たる「樽負い」、行平の弟業平たる「犬飼い」からなります。元治の大火でご神体の人形などを除き、大半が焼損していまいました。2019年、193年振りに唐櫃で巡行に復帰しました。曳山として復興したのは2022年です。


2022年の様子だ。刮目してくれ。
御神体の人形は三体。左から、鷹匠(在原業平)、樽負い、犬遣いです。光考天皇(いったん途絶えていた鷹狩りを復活させた天皇)行幸の際の在原業平が同行した様子を再現したと伝えられます。樽負いは手が動くようになっていて、粽を食べるしぐさをします。

樽負いだけうしろに乗ってるよ。ビデオの最後のとこで見送りの右側にいるよ。

当年限りの御朱印が入手可能だ。もちろん以前のスタンプのものも購入可能だ。

わんこグッズが充実しています。手ぬぐいとおみくじは必ず購入してください。
浄妙山
浄妙山も応仁の乱以前から存在する山です。「祇園社記」には「しょうめう山」と記載されています。『平家物語』にある宇治川の合戦橋の様子を再現しています。すなわち川を挟んで平等院側に以仁王、源頼政の源氏軍、対岸に平氏軍が陣を構えます。筒井の浄妙明秀(右側の人形)が矢をバンバン放ち、その後、残っていた橋げたを渡りつつ長刀で戦っているところを、三井寺の一来法師が浄妙明秀の頭に手を載せて飛び越えて攻め込む様子を再現しています。この戦いが源氏勝利の端緒になったため、勝運のお守りが頒布されます。
宇治川の後ろに見える胴懸は長谷川等伯の絵が下絵になっています。橋の横に写る前掛は息子の久蔵作の「桜図」が下絵になっています。橋の下には宇治川があります。

ご神体の人形は一来法師が筒井浄妙の頭の上を飛び越える一瞬をとらえてゐる。山の上の柳は宇治川の岸を意味してゐる。

授与品の扇子がしぶい
橋弁慶山
橋弁慶山も応仁の乱以前から存在する山です。「祇園社記」には後祭くじ取らずの一番と記載されています。謡曲「橋弁慶」に取材し、牛若丸と弁慶が五条大橋で邂逅する場面を表しています。牛若丸は橋の高欄の擬宝珠の上に立っていますが、これは人形の頭から足まで貫通している芯木により支えられています。山胴や真松もなく、古い形式を伝えています。胴掛(胴体の横の部分)には円山応挙が下絵を描いたとされる「賀茂祭礼(葵祭のこと)行列図」が用いられています。
会所二階には御神体の牛若丸と弁慶の人形があり、一階には五条大橋があります。牛若まると弁慶の出会いの場面を再現しています。出会いが鴨川にかかる橋の上であったとするならば、橋は現在の五条大橋ではなく、松原橋です(松原は豊臣秀吉が五条を現在の五条に移す前の五条通)。ただし、二人の出会いは西洞院川にかかる橋の上や、清水寺の境内だったともいわれ、判然としません。
御神体は二階にあるので遠目にしか見ることができませんが、五条大橋は間近で見ることができます。金細工が見事です。
鈴鹿山
鈴鹿山も応仁の乱以前から存在する山です。伊勢國鈴鹿峠で通行人を苦しめた鬼を対峙した鈴鹿権現たる瀬織津姫の故事に取材しています。ご神体は瀬織津姫で金の烏帽子にお面を付けています。
盗賊がよく出た鈴鹿峠で鬼退治をした瀬織津姫神の逸話が再現されます。三枚目の写真の赤熊が鬼の首です。
御神体の瀬織津姫神は山鉾で一番の美女と言われています。実物はこの写真を左にすすんでいった所に祀られています。お面をつけていますが、上の写真の人形の御神体は、お面をつけていませんので、お顔を拝見することができます。牛頭天王と見えます。総合ガイドでも申し上げましたが、祇園祭は神道、仏教、陰陽道などの混淆したものであることの証左と申せましょう。

詳細は以下をご参照ください。


















