この記事の構成
- 1ページ 概説、神話、神仏習合、御霊信仰、平安京、龍穴と四神相応、ご縁・縁結び、枯山水庭園、年間の混雑状況、京都三大祭、桜と梅、紅葉の見頃
- 2ページ 社寺の区別の仕方、参拝方法、お守り、おみくじ、市バスの乗り方、英語表記について
- 3ページ 世界遺産、上賀茂神社、下鴨神社、東寺、清水寺、仁和寺、平等院、西芳寺、天龍寺、金閣寺、銀閣寺、龍安寺、本願寺、二条城、京都御所、伏見稲荷大社、北野天満宮、平安神宮、嵐山
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世界遺産
国際連合教育科学文化機関の「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、1994年、京都市並びにその周辺の17の社寺が古都京都の文化財としてい世界遺産のリストに加えられた。本稿では高山寺、延暦寺、並びに宇治上神社は除き概説した後、その他の著名な場所につき概説する。
- 賀茂別雷神社(上賀茂神社)
- 賀茂御祖神社(下鴨神社)
- 教王護国寺(東寺)
- 清水寺
- 延暦寺
- 醍醐寺
- 仁和寺
- 平等院
- 宇治上神社
- 高山寺
- 西芳寺
- 天龍寺
- 鹿苑寺
- 慈照寺
- 龍安寺
- 本願寺
- 二条城
賀茂別雷神社(上賀茂神社)
一般的に上賀茂神社と称されるが、正式名称は賀茂別雷(かもわけいかずち)神社である。賀茂別雷大神を祀る。かつては上賀茂神社が上社、後述の下鴨神社が下社と呼ばれ、総称として両者は賀茂社と呼ばれた。平安京遷都前は賀茂県主(かもあがたぬし)の氏神神社であったが、遷都時に桓武天皇の行幸があり、以降、王城鎮守の社とされる。


国、都では以下の対応があったのよ。
- 伊勢神宮・・・国家鎮護
- 賀茂社・・・王城鎮護
先述の葵祭は賀茂社の例祭である。清少納言の『枕草子』、紫式部の『源氏物語』の「葵」に記載がある。810年に嵯峨天皇が、伊勢神宮に奉仕する斎宮と列せられる賀茂斎院の制度を設け、承久の乱とその混乱により潰えるまで約400年間続く。葵祭では斎王行列を再現される。



土休日、祝日には神山号という神馬に会えるよ。
賀茂御祖神社(下鴨神社)
一般的に下鴨神社と称されるが、正式名称は賀茂御祖(かもみおや)神社である。上賀茂神社の御祭神の祖父たる賀茂建角身命(かもたけづぬみのみこと)、並びに母たる玉依媛を祀る。葵祭に先立ち、御蔭祭が斎行され、御祭神の荒魂を迎える。我が国最古の祭の形式を伝えるとされる。


あと、縁結びのご利益があるよ。

教王護国寺(東寺)
一般的に東寺と称されるが、正式名称は教王護国寺である。平安京遷都時に羅城門の東側に官寺として創建される。西側には西寺があったが、現在は廃寺。ご本尊は薬師如来。823年に嵯峨天皇から弘法大師に下賜される。現在でも平安時代と同じ場所に位置する。ただし、伽藍の配置は異なる。宝蔵は現存する数少ない平安時代の建造物である。
境内には近世以前では最大の五重塔、講堂内には両界曼荼羅を仏像であらわした立体曼荼羅がある。


また、1月8~14日の後七日御修法が著名である。


ライトアップが秀逸。いっといたほうがいいんじゃねーの



河津桜はいの一番に咲くよ。

清水寺
正式名称は音羽山(おとわざん)清水寺。北法相宗の総本山で、ご本尊は十一面千手観音。現在内陣の厨子前に立つのはお前立ちと呼ばれる複製品であり、ご本尊は厨子内に祀られており、33年に一回御開帳がある。次回の御開帳は2033年である。
坂上田村麻呂公が鹿の胎児を求めていたところ、延鎮という僧侶に殺生を咎められ、8世紀頃に千手観音を祀るお堂を建てたのが始まりとされる。2020年まで改修工事が行われていたが、現在は終了している。

当時は安産に鹿の胎児が効くと信じられてたのよ。詳細は以下のリンクを参照してくれ。

著名な清水の舞台が作られたのは概ね11世紀から12世紀であると考えられており、牛若丸と弁慶が出会った場所とされることがある。


御本堂内にはかわいい大黒さんがいるよ。

清水寺は市内で最も混雑する。アクセスに際しては、以下のリンクを熟読のこと。また、境内はバリアフリーになっている。(舞台上の除く)

桜、紅葉シーズンは特に混雑する。いずれの時期にもライトアップがある。


境内の地主神社は縁結びで有名だが、現在は工事のため参拝できない。

代わりに隋求堂で胎内巡りかましときゃいいんじゃねーの?他んとこは以下のリンクを参照してくれ。

仁和寺
正式名称は大内山仁和寺。真言宗御室派の総本山で、ご本尊は阿弥陀三尊。我が国最初の門跡寺院である。門跡寺院とは皇族若しくは公家が住職を務める寺院の事である。897年に宇多天皇が醍醐天皇に譲位し、落飾(身分が高い人が出家すること)し、第一世の門跡となる。金堂は1613年に建立された京都御所の紫宸殿を移築したもので、現存する最古の紫宸殿である。菅原道真公が左遷されるに際し、宇多天皇に会おうとして待っていたと伝えられる、腰掛石がある。ここからは水が湧きだし、水掛不動尊が祀られ、今日でも参拝することができる。

毎年、遅咲きの御室桜は京都で最後に咲く桜として知られている。
平等院
正式名称は朝日山平等院。真言宗御室派の総本山で、ご本尊は鳳凰堂に祀られている阿弥陀如来。1052年に藤原道長が父の別荘に大日如来を祀ったのが始まり。阿弥陀如来像は現存する定朝(平安時代末期の仏師。寄木造を完成させた人)作の唯一の作品。
鳳凰堂は十円玉の面、鳳凰堂の上にいるトリさん(鳳凰)は旧一万円札の裏に描かれている。尚、屋根の上の鳳凰像はレプリカで、本物は併設される平等院ミュージアム内に展示されている。

すまねえ、ヘビ文字版しかつくってねえ。

西芳寺
正式名称は洪隠山西芳寺。臨済宗の単立寺院。ご本尊は阿弥陀如来。元来は聖徳太子の別荘であったと伝えられるが、松尾大社の宮司が夢窓疎石を住持として臨済宗の寺院として再興した。苔寺ともよばれ、120種類以上の苔が繁茂しているが、これは意図されたものではなく、洪水と放置が繰り返されたことによる。庭園は上段の枯山水庭園と下段の池泉式庭園に分かれる。前者、とりわけ龍門瀑は枯山水庭園の発展に端緒となり、後者は金閣寺並びに銀閣寺の庭園に影響と及ぼしている。予約がないと参拝できないので注意。ただし、上段庭園は参拝できない。参拝に際しては、遅延のおそれなしとはできないので、バスではなく必ず阪急を利用のこと。

天龍寺
正式名称は霊亀山天龍寺。臨済宗天龍寺派の大本山。ご本尊は釈迦如来。1339年、足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために建立。曹源池という庭園にある龍門瀑は、西芳寺のものと同様、枯山水庭園の発展に寄与している。庭園は曹源池にとどまるものではなく、広大な回遊式庭園があり、四季の花々を楽しむことができる。

鹿苑寺(金閣寺)
正式名称は北山鹿苑寺。相国寺の境外塔頭。ご本尊は聖観世音菩薩。足利義満の山荘であったが、没後に禅寺になる。所謂金閣寺は舎利殿(仏舎利を保管する施設)と呼ばれ、御本堂ではない。舎利殿は1950年に放火により焼失し、1955年に再建された。ただし、屋根の上のトリさん(鳳凰像)並びに扁額は放火当時別の場所にあったため、難を逃れている。舎利殿は西芳寺にあった瑠璃殿、三尊石も西芳寺のものを範としている。

銀閣寺(慈照寺)
正式名称は東山慈照寺。相国寺の境外塔頭。ご本尊は釈迦如来。足利義政が1482年に建てた山荘に始まる。所謂銀閣寺は観音殿である。この観音殿と東求堂が現存する遺構である。観音殿は金閣寺舎利殿同様、西芳寺にあった瑠璃殿、三尊石も西芳寺のものを範としている。観音殿の前にあるプリンのようなものは向月台と呼ばれるが、月をみるためのものかは不明。

龍安寺
正式名称は大雲山龍安寺。ご本尊は釈迦牟尼仏。方丈庭園は最も有名な枯山水庭園を有する。庭園は山と海、若しくは河、湖を表している他、慣行として虎の子渡しを表すとされる。庭園に関してはnaive(日本語のナイーブではなく、ヘビ文字やおフランスのnaifのこと。無知とか世間知らずのような意味)な考察、若しくは論理が破綻しているものがてんこ盛りなので注意。

本願寺
西本願寺と東本願寺を指す。元来は西本願寺が本願寺であったが、江戸時代に徳川家康公が土地を寄進し、東本願寺が建立された。いずれも浄土真宗の寺院であるが、参拝方法などが若干異なる。尚、別に仲が悪いわけではない。
二条城
徳川家康公が征夷大将軍の宣下を受けるために居館として作られた。以降、幕府の儀典のために用いられるようになる。Nijo castleとされているが、実際にはpalaceの方が適切である。かつては天守閣があったが、落雷により焼失。寛永三年には後水尾天皇が行幸し、公武和合の象徴とされたところ、本稿執筆時の2026年はちょうど100周年に当たる。二の丸御殿大広間には人形が配され、徳川慶喜公が大政奉還を伝達する場面が再現されている。
京都御苑(京都御所)
平安京遷都時の内裏は960年以降度重なる火災により焼失してしまい、現在の御所は里内裏(公家の邸宅を利用した仮の内裏)であった土御門東洞院を発展させたものである。その後も炎上と再興が繰り返され、現在の御所は19世紀に再興されたものでる。1869年に明治天皇が東京に行幸すると、公家屋敷もなくなり衰退する。現在は国民公園になる。
御苑内には京都御所、京都仙洞御所、京都大宮御所が宮内庁、京都迎賓館は内閣府、それ以外は環境省の管轄になっている。京都御所は年間を通じて拝観が可能(但しできない日もある)であり、予約は不要であるが、仙洞御所は予約が必要。
伏見稲荷大社
所謂、お稲荷さんの総本宮である。今日では宇迦之御魂大神”お稲荷さん”として祀られている。荼枳尼天、キツネさんとの関係は以下のとおり
- 宇迦之御魂神・・・創建から現在までの伏見稲荷大社の主祭神。我が国の神祇で同神社で創建当初から一貫して祀られている。ただし、同神社では宇迦之御魂、佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)、田中大神(たなかのおおかみ)、四大神(しのおおかみ)の五柱を以て「稲荷大神」としている。
- 荼枳尼天・・・密教の仏で、神仏習合の下では宇迦之御魂神の本地、若しくは同祭神と同視され、伏見稲荷大社に境内にあった愛染寺で祀られていた。弁財天、キツネさんなどを介して宇迦之御魂神と混淆が生じる。
- キツネさん・・・伏見稲荷大社では、宇迦之御魂大神の神使/眷属として祀られているが、例えば狐憑きを祓った後などに、キツネさん自体が「お稲荷さん」として祀られているところもある。

伏見稲荷の御祭神に関してはオニのように複雑だから、以下のリンクを参照してくれ。

三本鳥居は奉納されたもので、聖域と俗世を区別するという鳥居の一般的な機能とは異なる。

参拝時はJR、若しくは京阪で乱入すること。

北野天満宮
菅原道真公を御祭神とする天満宮の総本宮である。学問・文芸の神として祀られるが、単に”頭がいい人”が祀られているいるからではなく、御霊信仰に基づいている。梅苑があり春にはライトアップもなされる。



アクセスがちと面倒なんで、以下を参照してくれ。

平安神宮
1895年に平安遷都1100年記念に際し創建され、桓武天皇並びに孝明天皇を祀る。社殿は平安京の朝堂院の5/8の複製であり、拝殿は大極殿を模しており、広大な庭園(神苑)を有する。二月に行われる大難の儀はかつて宮中で行われた追儺の様子を再現している。



アクセスは以下、参照してくれ。

嵐山
桜、紅葉の名所として知られる景勝地である。先述の天龍寺に始まり、竹林の小径、野々宮神社、大覚寺など著名な場所から、直指庵などあまり知られていない場所までみどころが多い。

